第十二話 魔法少女人気はフィーバーのよう
「あ! 魔法少女だ!」
サヨとレイジの登校中、半袖セーラー服姿のサヨはそう指をさされてうれしそうに手を振った。
すっかり熱くなった気温の中で、サヨは白いシャツ姿のレイジに問い掛ける。
「……なんでばれてるんだ?」
「そりゃお前、あんな公衆の面前で変身すりゃあなぁ?」
「そこはバレないのが鉄板だろ?」
「じゃあ自分で何とかしろよ、前のツバキみたいに仮面被るとか」
「てかツバキは魔法少女になると印象変わるよな」
「髪伸びるだけのお前と違って」
二人でそんなことを話しながら校門をくぐり、廊下を歩く。教室の戸を開けると会話がやんで視線がサヨに注がれた。
「魔法少女が来たぞー!」
歓声がサヨを出迎える。
「やぁやぁ、そんなに出迎えてくれるなよ」
「調子に乗っちまって、これだからな、全く……」
もみくちゃにされるサヨを少し離れたところから見つめてレイジはやれやれと息を吐いた。
「やぁ! 参るぜ! 学校ついたとたんこれだもんな!」
「調子乗ってんなぁ」
「少しくらいいいだろぉ?」
「まぁお前も苦労してるようだしな」
両手を後ろで組んでそれもやむなしとレイジは素直にうなずいた。
「やぁ、サヨ、レイジ。おはようございます……うお、すごい人だかりですね」
「おうユウマ」
「ようユウマ……って、その頬っぺたどうしたんだよ?」
「あぁ母にぶたれまして」
「それって大丈夫なのか?」
揉みくちゃから抜け出したサヨが心配そうに尋ねると、それに、ユウマはにやっと笑って帰す。
「ぶん殴り返して家出してやりましたよ」
「お、おう……まぁお前が元気そうで何より……てか髪切ったのな。今の方がいじゃねぇか」
「だな、さっぱりしたと思うぜ」
「あぁ。今の方がいい」
「ふふ、ありがとうございます」
「あ! 魔法少女プレイヤーだ!」
「あれ!? 俺もばれてるんですか……?」
今度はユウマが視線の中に晒される。すると彼は口元に弱ったような笑みをたたえながら頬を指でかいた。
「まぁ、カミリア以外は案外もろだし、学校にいたらばれるだろうな」
「なぁ! カミリアって誰なんだよ!」
「そいつは言えないな! 個人情報だ」
「なんだよ! あ、もしかしてレイジ……」
「ねぇよ!」
クラスメイトの言葉にサヨはそう言って笑った。視線が突如レイジに集まる。
「俺があのカミリアのわけねぇだろ?」
視線のさなかにいるレイジがのが笑いを浮かべて肩をすくめた。
「まぁそうか……見た目全然違うもんな」
レイジとツバキ、というよりカミリアでは見た目が明らかに違う。
「こんな筋肉隆々な魔法少女がいるわけもねぇ」
誰かがそう言うと教室が笑いに包まれる。
「そうなると魔法少女カミリアは誰なんだ?」
「きっとこの学校のやつだろ」
話題は再びカミリアへ、魔法少女人気がすさまじい今もう一人の魔法少女カミリアは注目の的だ。
しかも魔法少女三人のうちの二人は同じ学校の生徒。そうなるともう一人もそうだと邪推するのもやむなしだろう。
(まさかこの学校とは無関係のあいつだとはばれないだろうな)
しっかりと調べればきっとカミリアとツバキが結びつくであろう。魔法少女人気が社会現象化してきている今にしてみればこの街の記者の多くがカミリアを探している。
「そういえばサヨ君! 見てよこれ!」
そうだ。と言いながら女子生徒の一人がサヨたちにとんでもないものを突き付ける。
「コレは……」
「マジですか……」
レイジとユウマが順番につぶやいた。
「俺ってもっとかわいいだろ?」
最後にサヨが呟いた。その女子生徒が持っていたのは手のひらサイズのぬいぐるみ。
黒い長髪に、黒いワンピースの少女。デフォルメされたつぶらな顔立ち。
「いやいや、魔法少女ナイトそのものでしょうよ……」
「お前こんな商売してたの?」
「俺関わってねぇけど??」
その人形はサヨが一切関わっていないものだった。
「魔法少女グッズ! かわいいでしょ!」
なんだそれは。と三人が同時に思った。
「すげぇ! こんなのあるんだ!」
「可愛い! ほしい!」
三人に集まっていた視線が一気にそちらに向いた。
「いうほど欲しいですかアレ」
「俺というものがこのクラスにありながらな」
「お前よりかわいげあるだろアレ」
「それどういう意味だよ!」
「よっす! テメェらおはよ!」
アキラが扉を開けて入ってくる。無駄に元気なアキラの手には大きな袋が握られてる。
「おはよ……てかなんだそれ」
「フフ、見て驚くなよ? ほら注目だってんだよ!」
アキラが教卓にうつって袋の中から人形を取り出した。その特徴は完全にカミリアとナイト、そしてプレイヤーのものだった。
「どうして俺のあるんですかね?」
「こういう商品ってなぞにつくるのはえぇよな」
「みろ! 魔法少女グッズの数々を! まだまだあるぜ!」
アキラが次々とグッズを取り出す、イラスト、武器のおもちゃにその他もろもろ。
「フィギュアまであんのかよ」
サヨが短く呟いた。サヨが絶対しないようなポーズを決めた可愛いフィギュアだ。
「よくできてますねぇ」
「不細工なフィギュアだ。本物の足元にも及ばねぇ」
「張り合うなっての」
「実際のところそっくりだろ? 全体的によーくできてラァ、服ついでに下着も……」
「見たのか?」
アキラの言葉を遮ったサヨが鋭くアキラを睨む。
「ハッ! ご! 誤解だ!」
アキラが慌てて弁明する前にすっかり魔法少女ラブとなったクラスメイトが彼を取り囲む。
「おい! ハレノ! 弁明してく……ぎゃぁああああああああ!!!」
「俺しーらね」
サヨが両手を頭の後ろで組んで自分の席に向かって歩き出した。
「今日一時間目なんでしたっけ?」
「数学だぜ」
そんな雑談をしながら彼らは席に着く。熱くなり始めたこの時期に、教室はたまらない熱気に満ちていた。
魔法少女はこの街のヒーロー。どんな難題も、魔法少女が解決してくれる。
そんな評価が街を歩けば会話から、テレビから、雑誌から飛び込んでくる。自分達の活動が認められて、至る所で評価されている。そんな事実を彼は誇りに思っていた。
自分の存在が認められる。それによって少し歩きにくくはなったが、元々人気の少ない路地に詳しいサヨにしてみればそんなことは関係ない話だ。
今日は一人、サヨは裏路地を歩く。目指すは銀行、ソウイチに任された手続きを学校帰りに済ませるためだ。
ひょいっと裏路地から飛び出してそくさくと銀行に駆け込むと寒いくらいの空気がサヨを出迎える。
「過ごしやすいなぁ。ココは。まじいい」
体を伸ばして熱くなり始めたこの時期であるがまだ教室ではエアコンを使えない。学生達は当然その一日の多くを教室で過ごす。
そんな彼らにとって過ごしやすい公共施設はまさにオアシスとでもいうべき存在。
「はぁぁ」
深い息が漏れる。早くやることをやってさらに過ごし心地のいい我が家に帰ろう。そんなことを思いつつ、サヨはカバンから必要書類を取り出す。
バン! という乾いた音が響いた。
「テメェら! 動くんじゃねぇぞ!」
拳銃を片手に、天井に掲げ、全身黒づくめに、目出し帽の男が叫んだ。
「強盗だ!」
(やっべぇ! マジかよ……)
常識離れした出来事にサヨは己の目と耳を疑った。あたりを見回す。それなりに人は多いが誰もが怯えてその場に固まっている。
「おい! サツに通報するんじゃあねぇぞ! 妙な動きしたやつはぶっ殺すからな! おらお前ら! 地面に伏せろ!」
野太い声が響く。全員がそれにしたがって、サヨも例外に漏れずそれに従いながらも、強盗を注視する。
黒ずくめの三人組、何か格闘技をしていたのか、全員が大きな体をしている上に一人は拳銃を持っている。
(流石にワクナーイよりは弱そうだけど……)
「おいお前! シャッターしめろ!」
男が拳銃で職員の一人に指示をする。少したってから音を立ててシャッターが下り始める。
「このバッグにありったけの金を詰めろ!」
(やべぇ……どうするべきか)
再び乾いた音が響く。二発目の威嚇射撃。今度は床を射抜く、その弾丸はその気になれば打てるという殺気が込められていることはサヨにはわかった。
「う……だれかぁ……」
その時、サヨの視線に泣き始めた少女が映った。不安そうに、それでいて押し殺すようになく。実に賢い少女だ。
「おいテメェ! うるせぇぞ!」
しかし男にはそれが気に食わなかったらしい。男が少女に食って掛かる。
「ひっ、ご、ごめんなさ……」
少女のほほを涙が伝う。
「静かにしろって言ってるだろ!」
男は楽しそうにそう言った。この男は、少女を静かにしようと思っているわけではない。ただ弱者をいたぶって、遊んでいる。
(クズ)
「わからせてやるぜ!」
男が腕を振り下ろす。ソレは、前に出たサヨに簡単に受け止められた。
小さな腕が、男の大きなこぶしを防ぐ。
「な!」
青い光がサヨを包んで、男だけを吹き飛ばして。そこに魔法少女ナイトが立っていた。黒いドレスが揺れる。
「ないと……?」
たどたどしい口調で少女が尋ねた。ナイトは背中に少女をかばってニッと笑った。
「! 驚いた……魔法少女様のお出ましか!」
強盗がニヤッと笑って拳銃を向けた。
「やっちまえ!」
男が怒号を飛ばした。後ろに控えていた男と吹き飛んだ男がとびかかった。
「さぁ! 夜を照らす光として!」
ナイトがバッと腕を上げると藍色の光が花火のように爆発した。くるっと体をひねって、男の体にけりを入れる。まるで軽いもののように男の体が宙に浮いてもう一人の男は頭からたたきつけられて地面でバウンドする。
「くそがぁ!!」
拳銃を男が構えたのと、拳銃が地面をはねるのは同時だった。
「いぐぅ!?」
「ナイト……デコピン!」
一瞬で強盗の目の前に移動していたナイトが人差し指で男の頭部をはじいた。吹っ飛ばされた男が壁に当たって床で伸びた。
「完・全・勝・利!」
ナイトの圧倒的に堂々とした宣言に、そこにいた強盗以外のだれもが歓声で返した。
割れるような拍手の中にいて、ナイトは何だか恥ずかしくなってきてほほをかいた。
「あ、通報お願いします。コイツらしばっとくんで」
職員の一人にそういうとさらに歓声が大きくなった。魔法少女万歳! 誰かが叫んだ。皆から求められている、その優越感がうれしくも恥ずかしくてサヨははにかんだ。
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