第九話 ボクらはきっとこれからも

 水は冷たいはずなのに、空気はピリつく、物陰に隠れて、サヨは武器をぎゅっと握りしめた。


 物陰に身を隠して、サヨはいまだかつてない緊張感を味わっていた。幼い頃から知っている親友が、今的に回っている。そう思うと背中に沸き立つ鳥肌が止められない。


 高鳴る心臓が抑えられない。水をかき分ける足音は聞こえない。バルーンの壁に体を預けて座っている。


 スカート部分が水に揺らされる。


「さん……」


 静かな声がサヨの耳を刺した。


「に……」


 同じ陰に体を隠すユキムラと視線が合う。


「いち……」


 息を吸い込んで、吐き出した。


「ぜろッ!!」


 はじかれるように飛び出して、サヨは水しぶきを上げながら陰から飛び出した。


「出てきたぞ!」


 レイジが叫ぶ。三つの銃口がサヨをにらんだ。ツバキが構えるのは二つの小型銃、レイジが持つのは両手で抱える大きな銃。


「くたばれ!!」


 銃口から圧縮された水が射出される。水はサヨの頭をかすめた。


「場数が違うんだよ!」


 ポンプを素早く動かして、かがんで下から水を放つ。


 一発目、レイジの顔に当たって飛び散る、二発め、ツバキにギリギリで回避される。


「場数を踏んでるのは僕もだよ!」


 体をすっぽりサイズの大きいパーカーで包んだツバキが言い放った。ジッパーしめていて水着が隠れているので見えているのが足だけのツバキは銃口をツバキに向けた。


「ッ!!」


 二つの水がサヨが握るポンプタイプの水鉄砲に防がれた。


「いまだ!」


 復帰したレイジが小夜に向かって引き金を引く。


「ひゃっ! おいッ! わきはやめッ! はぅっ!」


「変な声上げるな!」


「水も滴るいい男にしてあげるよ!」


 水鉄砲から放たれた水がサヨを濡らしていく。身悶えるサヨに向かって引き金を引くのに夢中になっていたレイジは後になって気が付く。


「あれ? フラッグは誰が守ってるんだ?」


 レイジとツバキの視線が後ろに向く。そこには本来守るべき旗を手の中で転がすユキムラが立っていた。




「いやぁ……結局ユキムラがいるチームの全勝かよ……」


 疲れ切った様子のレイジが椅子に座ってつぶやいた。


「フラッグを奪い合うゲーム。水鉄砲で相手を打って動きを止めたりしてオッケー。このルールなら僕&サヨちゃんのチームが一番強いと思ってたんだけどなぁ……」


 レイジの反対側の椅子に腰かけながらツバキはつぶやく。


 円形のテーブルとそれを囲うイス、真っ白に統一されたそれの中心にさされたカラフルなパラソル、その下で遊びまくってさすがに疲れた二人は息を吐いた。


「そう言えばサヨとユキムラは?」


「二十五メートルプールで競争してくるって……」


「あいつら体力やべぇよな……」


 机に置かれた機会が鳴った。


「お」


「できたみたいだな」


 頼んでいたポテトとカレーが出来上がったのだろう。待ちに待った料理の完成に、二人は顔を見合わせた。


「僕らも食べたらボチボチ行こうか!」


「食べてすぐ泳ぐなよ?」


 二人は笑いながら店の一つに向かう。いいにおいが疲れた体にたまった食欲を刺激していた。




「十一勝十一敗八引き分けか……手ごわいなユキムラ……」


「ハレノさんの方こそ」


 二十四メートルプールの橋、壁に体を寄せて二人は顔を見合わせた。


「にしてもユキムラお前……ずいぶんと余裕そうだな……」


「いいえ? こう見えて結構ばててますよ、かなりきついですまぁただアドレナリンが出ててそれを鈍らせてる感じはしますね」


 なるほどな……と、流石に息を荒くしたサヨは短く答えて頷いた。


「結構遊んだな。さすがにそろそろ休憩にするか?」


「いえ? 自分はまだまだ……」


「二人とも~! あれ? 終わった感じ?」


 高い声が二人に届く、プールサイドを歩くその姿はまるでペンギンのようで見ていてとても癒される。


「よ、ツバキ。疲れは取れたか?」


「当然。それにじっとしてる時間ももったいないし」


 そう言うとツバキはどんどん遊ぶよ! と言って笑った。


「そうか……じゃあユキムラを頼む……俺はちょっと休憩だ……」


「任せてよ! 迷子にならないように見張っておくから!」


「何視点ですか……」


 座り込むサヨの手を握って立ち上がらせると、ツバキはニカっと微笑んだ。とぼとぼ歩いていくサヨを手を振って見送って、ユキムラに視線を移す。


「よし、じゃあどうする? 泳ぐ? ウォータースライダー? それとも……」


「そうですね」


 悩むユキムラが顔を上げた。


「ッ」


 しかしユキムラはすぐさまに顔を伏せた。ぽたぽた垂れる水滴がプールの水だけではないように感じた。


 俯いて、息を荒くする、そのユキムラにツバキは見覚えを感じた。


「大丈夫?」


 ユキムラに覆いかぶさって、ツバキは対岸から彼の存在を覆い隠した。


「……」


「大丈夫だよ……」


 今度は優しくユキムラの背中に触れる。


 震えている。それがじかに感じられた。


(怖いんだ……なんでかはわからないけど、何があったかはわからないけど……)


 優しくユキムラに覆いかぶさって撫で続ける。


 次第に震えは収まっていく。完全に震えも止まって少し経った後、ユキムラは息を吐きだしてから立ち上がった。


「すみません……少し疲れが……」


 ユキムラは力なく笑ってそういった。噓だ。つい今さっき似たようなことがあったツバキにはそれがありありと感じられた。


 しかしながらそれを追求するような真似はしない。言いたくない、きっとその裏には何か果てしない事情があるはずだ。ツバキにはその裏側を推し量れないがいつかきっと相談してくれると信じて。


「じゃあ、チョットだけ休憩しようか」


 ツバキはただ優しくそう言った。




 日が沈もうとも施設の中は照明の影響で明るい。


 遊び疲れた四人は何をするでも、何を言うでもなく円形の机を囲んでいた。


「明日筋肉痛確定だな……」


「いやなこと言わないでよサヨちゃん……」


 想像しただけで身もだえしそう。とツバキは付け加えてから息を吐いた。


「俺なんてもう若干痛いですよ」


「マッサージ忘れるなよ? そうだ、せっかくなら教えてやろうか? そこのジャグジーで……」


 水鉄砲で遊び、部活でもしているように泳ぎ。平衡感覚がなくなるまでウォータースライダーにも乗った。遊び盛りの四人もいい加減に満足したようでソロソロ解散……と言う空気が流れ始めていた。


 ガタッとサヨとツバキが立ち上がるまでは。


「まさか……!」


 ユキムラが訝しげに声を絞り出した。


「みんな伏せろ!!!」


 大きな声が大きな施設いっぱいに響いた。数名が反射的に言われた通りにすると呆然としていた者たちも続く。


『グルルルルルウゥギィ!』


 金属をこすり合わせたような音が響いて水しぶきが上がった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」


「化け物だ!!!」


 絶叫が響く、人が少なくなってきていたことが幸いか、大きなプールの中でその生き物はうごめいていた。


 真っ黒な体。うろこに覆われた体。揺らぐひげ、真っ赤な瞳。ナマズだろうか? 四メートル程の体をくねらせて、ワクナーイは吠えるようにうなった。


「なんでこんなところにどこから!?」


「わからねぇ! だがやるぞ!」


 睨み合い、二人は前に出る。


「非難の誘導は我々が!」


「お願い! ユキムラくん! レイジくん!」


『ギュグルギギギギギギィ……』


「「マジカルチェンジ!」」


 二人の体をすさまじい光ば包んだ。白と黒の魔法少女。


「星にしてやるぜ化け物が!」


「せめて花のようにちれ!」


(決まった……)


「行くぜ!」


 ナイトが虚空から剣を、カミリアは光からレイピアを取り出してワクナーイに向かって駆け出した。


「はぁッ!」


 カミリアがワクナーイの後ろに回り込んで背びれ付け根のあたりを突き刺した。尾びれがビチビチとワクナーイが大口を開けて金切り声を上げた。細かい牙が並んだ口に藍色の光が注がれて爆発が起きた。


「魔法少女だ!」


「うをぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」


 歓声に爆音がかき消された。


「ナイトもそんなことできるの!?」


「なんかカミリアの真似したらできた!」


「何それ……」


『ギャギィィィィイイイイ!』


「!」「うわっと! アブねぇ!」


 二人は同時に飛び上がった。ワクナーイが口を鳴らし、尾びれを振り回して暴れた。それを余裕で回避するとナイトはワクナーイが鎮座する大きな広いプールのプールサイドに、カミリアはウォータースライダーの鉄骨の一つに着地した。


『グギュッルルル……!』


 大きく水しぶきが上がる。ワクナーイ大きく吠えた。


「ここは必殺技で一気に……」


「待てカミリア! 様子が変だぞこいつ……一度様子を見た方がいい」


「え? 様子……?」


 ナイトの静止にカミリアは慌てて鉄骨の上から落ちかけた。


 ズズズ……と、ゆっくりだが確実にワクナーイの体に何かが走る。まるで血管が脈打っているようにワクナーイの体がうごめく。


「気をつけろ!」


「ッ!」


 ナイトの叫びに従ってカミリアはさらに上にとんだ。ナイトはすこし湿ったタイルを蹴飛ばして、走る。ワクナーイの周りを本体をにらみながら走る。


 だからこそ、ワクナーイの体から生まれた異常事態に対応できた。


 細く長い無数の触手がワクナーイの背中から生えてきてカミリアとナイトに襲い掛かった。


 ビュン! と空気を切り裂きながら襲い掛かってくるそれをナイトはその場でどっしりと構えて切り捨てた。


 ちらりとカミリアに目をやると彼は目にもとまらぬ閃光をレイピアで生み出してそれを細切れにしていた。


「小手先の触手なんか……!」


「僕たちには通じないよ!」


 息のぴったりと合った宣言ののちに二人は同時に剣を構えた。光に包まれたレイピアが、黒いオーラに包まれた剣がワクナーイに襲い掛かる。


『グギィ……!』


 ワクナーイが喉奥から声尾を出したその時、ワクナーイが『飛んだ』


「な!?」「え!?」


 まるでカラスのように真っ黒な翼をはやしたワクナーイが大きな体からは想像もつかないほどの機動力で二人の攻撃を交わした。


 大きな的を失った二人は勢い良く水面にたたきつけられた。


「あいつ!」


「翼が生えた……!」


『ギュルルルルルルリィ!!』


 金属をこすり合わせたような音が上から降ってくる。


 ナマズは空を飛んでいた。まるで竜のように長い体をくねらせて、翼で空中に制止する。


「!」


 翼が動いて大きな波が生まれた。小柄な二人は波に飲み込まれてその中であがくことしかできない。


(やべぇ! 息ができない……!)


 荒れ狂う波の中でナイトは何とか目を開けた。ぼやける視界の中でカミリアが体勢を立て直すのが見えた。


(向こうは大丈夫そうだな、問題はこっちがどうするかッ)


 カミリアとアイコンタクトを取ってナイトは自分のことに集中する、荒れ狂う渦の中で壁に剣を突き立てて、ナイトはそこにつかまった。


 横から殴られるがごとき衝撃に小さな体をもみくちゃにされながら目指すは水面。


 しかしながら流れの強い水中ではよほどの速さがない限り脱出は不可能であろう。呼吸が苦しい、そこでナイトはハッと閃く。


(さっきのビームを……今度は自分の周りに……!)


 使を握る手に力が籠る。藍色の光が自分の体に集まる。


「__ッ!」


 ガボッと空気の塊が口から洩れた。


 水中で。藍色がはじけたさらに大きな波が生まれてほんの一瞬渦が、水が消失する。


 その瞬間、ナイトは高く飛び上がった。空中でワクナーイが暴れていた。カミリアがその眼球に刃を突き立てて離脱するところであった。


「くらい上がれ!」


 打ち上げられたかのように上でのたうち回るワクナーイに吸い込まれるようにナイトはむかっていく、その腕に力を込めて脳天をたたき割るように。


『グルルルルィィイイ!!』


 暴れるワクナーイの尾びれが、照明の一つをたたき飛ばした。大きな証明はある場所に向かって飛んでいく。


(な!? 逃げ遅れ!?)


 そこには逃げ遅れた人影があった。ナイトはその人影の一つに見覚えがあった。二人の人を守るように前に立つのはツバキの叔父。家族サービスと言っていたところを見るにその後ろにいるのはツバキの従妹と叔母か。


「カミリア!」


 離脱していたカミリアもそれを見ていたが、ナイトに叫ばれてようやくハッとした。しかしながら彼はその場から動かない。


(そりゃそうか……ッ! なら!)


 動けないのは当然だと、ならば……とナイトはワクナーイの巨体をけってそちらに向かった。飛んでいく。照明に追いすがり、唸る青い光で照明を横から殴った。


 ズガン! と言う音を立ててソレは瓦礫となった壁まで飛んだ。


「けがはないか!?」


 怯える三人に背中を向けるように着地して、ナイトはその顔だけを後ろに向けた。


「お前は……」


「早く安全なところに逃げろ!」


『ギュルゥウアァァァァッ!!!』


 ワクナーイが怒りに満ちた声を上げた。暴れていたワクナーイは真っ赤な目をナイトに向けた。


 大きな口が開いてびっしりと並んだ牙がヌメっと光った。


『ギィィイイイイイイイ!!』


(マズイ! 疲労が……ッ)


 突然の立ち眩みがナイトを襲う、その場に膝をついてただワクナーイが迫ってくるのを見つめた。しかしながらその表情に焦りはない。


「ふっとべ!!」


 ワクナーイの体が、光の塊に横から吹き飛ばされた。空中で回転して光の出所に目を向けるがそこにはもはや誰もいない。


「光の雨!」


『ギィッ!』


 ワクナーイの巨体に、桃色の光が一斉に降り注いだ。一撃一撃は小さいものの、それは確実にワクナーイを追い詰める、水の中に追い詰められたワクナーイが大きな声を上げて煙になった。


「大丈夫!?」


「こっちは問題ない! 助かったぜ!」


 駆け寄るカミリアにナイトは優しく答えた。


「て、テメェ……さっきの……いや……てことはお前は……」


 男が立ち上がって二人をにらんだ。二人を称える声が遠くに聞こえる。


 男の声を聴いてツバキは思わずそっぽを向いた。


「どういうつもりだ……! なんで俺を……!」


「別に見殺しにすることもないだろ……それに、後ろの二人は守りたかった」


「ふざけんな! ツバキだろ、そっちのお前は……ふざけたこと仕上がって! あまりなめてると……」


 立ち上がった。男はカミリアに詰めった。今ならこの男を八つ裂きにすることなど容易だろう。


 それだけではない、後ろにいる叔母と従妹も屈服させるだけの力がある。なのにカミリアは動かない。カミリアとしての力ではない、魔法少女としての正義の心でもない、ツバキの記憶がそれを許さない。


「言っておくが。こいつに手を出したら俺はお前を……」


「うるせぇ!」


 かばうようにカミリアの前に出たナイトを男は強く殴った。ほほを強く殴るそれでもナイトはその場から一歩も動かず男をにらみ上げた。


「お……お前……ッ!」


 確かな怒りをはらんだ声、ソレはカミリアから発せられたものであった。未だかつて見たことのないような気迫に、その場のだれもが気圧された。


「ひ!」


「ツバキやめなさい!」


 ようやく口を開いた叔母を一瞥しただけで黙らせるとカミリアは男にぐっと詰め寄った。


「な……なんだよ! 文句あるのか! 大体……得体の知れない力を持ってるお前らも化け物と一緒だろ! ぶん殴って何が悪い!」


「クズめ!」


 男の言葉に遂にカミリアの怒りのボルテージはマックスに達した。尻餅をついた男を押し倒してそのまま腕を振り上げる。


「やめろ!!!」


 ナイトの言葉が悲痛に響く。砕ける音とギャラリーの悲鳴が重なった。






「はぁ、はぁ」


 カミリアは、息を荒くして……砕けたタイルを見つめていた。振り上げられたこぶしは男の顔のすれすれを通り抜けて床に浅くめり込んでいた。


「サヨちゃんに……感謝しろ」


 魂が抜けたようにカミリアは立ち上がった。男は何も言わない。ただその下半身は水ではないもので汚く濡れていた。


「よく耐えたな」


「ごめん、僕のせいで、色々……」


「いや。ぶっちゃけ超絶スカッとした。サンキューな」


 二人にしか聞こえない会話。会話は聞こえないまでもすべてを見ていたギャラリーが「おぉっ!」と声を上げる。


「ヤッベ。早く隠れようぜ……!」


 ナイトは慌ててカミリアの手を引いた。称賛が遠のく、かつて外側で聞いて羨望したその声を内側で聞きながら、カミリアはただ横を走るナイトの顔を見つめていた……。


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