第101話「優先」

「やっと来たのか、不死川。待たせやがって」


 山野と大前はイライラを隠さず大和に噛みついたが、すぐに口が止まる。

 大和の背後にひかえるように立つ美女に気づいたからだ。


 山野と大前が今まで見たことがあるどんな女性よりもはるかに顔がいい。


 楠田とか甲斐谷とか烏山といったクラスの女子たちのことなんて、彼らはあっという間に忘れて釘付けになる。


 その美女は彼らの視線に気づいてない態度を崩さなかった。

 

「おい、不死川。お前の知り合いか?」

 

 山野はたまりかねて大和に問いかける。


「そうだよ」

 

 返って来たのはいつものような緊張感のない言葉で、山野はイライラが加速した。

 

「何でお前だけ……!」


 負の感情が爆発しそうになるのを、山野はどうにか堪える。

 ここで不死川にぶつけるのは悪手だとさすがの彼も理解していた。


 まずは大和を通して彼女と仲良くなってから。

 そうすれば大和なんて用済みだとポイ捨てしてやればいい。

 

 どうせ女子に奥手な大和のことだから、深い仲でもないだろう。

 あとになってから「僕のほうが先に好きだったのに」と嘆けばいい。

 

 山野は脳内で素早く勝手な計算を行い、必死に笑みを作った。


「よかったら紹介してくれよ。いっしょになったのに知らないままというのはさ、ほらわかるだろ?」


 と山野にしては珍しく大和に対して丁重な態度に出る。

 鈍感な大和は怪訝な顔を一瞬しただけですぐにうなずいた。


「エリと言って俺の何だろう? 後見人ポジションでいいのかな?」


 大和は今さらのように疑問を浮かべる。


「すこし違うと思いますが、わかりやすさを重んじるならそうですね」


 女性は初めて口を開く。

 容姿と変わらない美しい声だ、と山野と大前は思う。

 

「ずるいぞ、こんなきれいな後見人がいるなんて」


 大前が恨めしそうな声を出す。

 エリの瞳が一瞬絶対零度になったことに、山野と大前は気づかなかった。


「ダンジョンってどこに行くんだ?」


 と大和が聞くと、ふたりは緊張感のなさに呆れる。


「あそこだよ。言っておくけど、小便をちびるなよ」


「命の危険がある場所だからな。俺らは慣れてるけど」


 山野と大前は大和を脅かしつつも、エリにかっこいいところをアピールしている──つもりだった。


「では、慣れているあなたがたが先頭に立ってくださいます?」


 とエリが言うと、ふたりはしぶしぶうなずく。


 本当なら大和を驚かせて無様なところを見たかったのが、エリの美貌の前にはどうでもいいことに思えた。


 彼らだって健全な男子高校生なので、美女の前でかっこつけるほうを優先させたのである。

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