第90話「ルシオラ」
ルシオラという名前でダンジョン配信をしている宮坂蛍は、画面を見て深々とため息をつく。
「遠いなぁ……」
彼女が見ているのは『アマテル』の動画である。
それも天王寺豪快たち超一流の探索者パーティーが、あっという間に壊滅したほどの超難関ダンジョンを踏破していくもの。
「すごい人とは思っていたのだけど、まさかこれほどだなんて、ね」
と彼女の友人にして撮影を担当してるみどりもため息をつく。
「何とか仲良くなりたいけど、無理でしょうね」
と蛍はつぶやいた。
一方的に利益を享受したくないので、『アマテル』に返せるものがあればいいとぼんやりと思っていた。
でも、『アマテル』のことを知れば知るほど絶望的になっていく。
「エリって呼ばれてた人、メチャクチャ美人だったよね。あんなのがそばに張り付いてるなら、さすがの蛍でも勝ち目ゼロでしょうね」
とみどりもがっかりしている。
「あたしにはそういうつもりはないって言っても、説得力ないって言われるのよね」
蛍は諦めたような顔でこぼす。
「そりゃあんたなら学校で一番どころか、都内で一番狙える容姿でしょ。あんたが親切だったり、親しげにしてみせて、男に期待するなって無茶すぎでしょ」
とみどりは同情を込める。
彼女は蛍の苦労を身近な距離で見てきて、「美人は不幸も多い」と知っているので、羨望は1%ほどしかない。
「よし、『アマテル』は諦めよう」
と蛍は気持ちを切り替えた。
同じ探索者としての敬意や好意ならあるのだが、いまの状況ではおそらく信じてもらえない。
「女の武器を使ったすり寄りって誤解されるだけでしょうね」
とみどりが遠慮なく言い放つ。
「普通にしてるだけで武器を使ってると言われても困るんだけど」
と蛍は不満をこぼす。
「あんたは人前で泣かないどころか、弱いところすら見せないのにね。強くて可愛げないどころか、女神呼ばわりて崇拝されちゃうなんてね」
「やめて……」
みどりにからかわれてるのだとわかっていても、蛍は顔をしかめずにはいられなかった。
そこにチャイムが鳴って彼女たちの友人が差し入れを持ってくる。
「おつー。頼まれてた缶コーヒーね」
「ありがとう、雫ちゃん」
蛍は笑顔で礼を言ってコーヒーを受け取った。
「楠田っちはどう思う? アマテル」
とみどりが問いかける。
「バケモノ過ぎでしょ。同じ人間とは思えない」
楠田雫は自分でもコーヒーを飲みながら即答した。
「だよねー」
三人でうなずき合う。
彼女たちは中学のときの同級生で現在も親しい関係にある。
雫のスマホが鳴ったので彼女は確認して「またか」とつぶやく。
「どしたの?」
とみどりが問いかける。
「甲斐谷って高校の友だちが気になる男子を誘いたいけど、一対一で遊ぶ勇気が出ないから、ついてきて欲しいんだってさ」
「青春してるねー」
「うちら女子校だからなぁ」
雫の問いを聞いた蛍とみどりが苦笑した。
「ふたりともその気になれば出会えるでしょ。ナンパもされるだろうし」
「そういうのはパス」
蛍はやや硬い表情で即答する。
「相変わらず蛍は硬いわね。みどりは?」
「ナンパはありだけど、いま恋愛どころじゃないからね……」
とみどりは再度苦笑いした。
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