第80話「感謝して」

 今日もまたいつものように甲斐谷さんたち三人と昼飯を食べる。

 みんなすっかり慣れたのか、視線は半減した。


 恨めしそうな男たちの視線が飛んでくるのは、もう慣れてしまったけど。


「そう言えば大学の名前言ってなかったよねー?」


 と甲斐谷さんが不意に切り出す。


「ああ、そうだったね」


 たぶん俺らでも行けそうなそこそこの大学ってところで話が終わったんじゃなかったかな。


「文天大だよー」


 と甲斐谷さんがもったいつけずさらっと言う。


「あそこかぁ」


 本当にそこそこの大学だった。


「たぶん俺の偏差値も足りてるな」


「でしょ」


 三人はニパッと笑う。

 

「じゃあこれからもよろしくってことで」


 と甲斐谷さんが言った。

 まだ高二なのに気が早いなと思ったけど、逆らわずうなずく。


 あとは三人の他愛もない話を聞く立場に回る。


 女の子って本当に楽しそうにしゃべるし、話題が尽きないってすごいよなぁ、と思いながら。



 今日は三人と遊ばずにまっすぐ帰ったら、クーがすぐに近づいてくる。


「いつもの女どもの匂い。友だち?」


 首をかしげた。

 どうやら完全に覚えてしまったらしいな。


「まあ、友だちになれたんならいいよね」


「何だ、あやふやだな」


 何言ってんの? という目をされたので弁明する。


「俺としてはもう友だちじゃないかなと思ってるけど、女子たちの感覚がどうなのかわかんないから」


「ふむ。もし違っていてもわたしがいるから平気」


 クーはなぐさめようとしてるのか、自分以外を切り捨てろと要求してるのか、どっちだろう?


 彼女の性格だとどっちもありえるし、何なら両方同時かもしれない。


「そうだな。ありがとうクー」


「うん。いっぱい感謝して。いっぱい褒めて」


 うれしそうに目を細めて彼女は要求してくる。

 こういうところを見ると、犬に思えてしまう。

 

 まったく別の生物なのに。


「感謝してるよ。いっぱい」


 彼女がもしいなければ、俺の人生はまったく違ったものになっていただろうから。


「ふふふふ」


 クーはうれしそうに笑い声を立てる。

 表情はそんなに変わってないので、人が見たらこわいかも。


「やまと、クー様とばかりイチャイチャしないで、わたしともしてください」


 奥からやってきたエリがすねた顔で要求する。


「べつにイチャイチャはしてなかったぞ」


 あいさつと日ごろの感謝を伝えただけなんだから、と否定した。


「では、わたしとも同じことをしましょう。わたしはやまとから感謝されることはできてないですか?」

 

 エリがじっと見つめながら問いかけてくる。


「いや、クーの次くらいには世話になってるな」


 これは掛け値なしの事実だった。

 彼女の料理がまともなら、おそらくクーと互角だと思う。


「横から入ってきてずうずうしいやつめ。仕置きしてやろうか?」


 クーがむっとした顔でエリに噛みつく。


「おや、正当な要求のはずですよ」


 エリが悪びれずに言い返すと、クーの機嫌がすこし悪くなった。


「邪魔するなということが理解できない残念な頭は、やまとのためにも鍛え直したほうがよさそうだな」


「ストップ」


 このままだとエリが家ごと粉砕されかねないので待ったをかける。


「エリ、不満はわかったけど、感謝の気持ちが減るような伝え方はつつしんでくれ」


「ごめんなさい」


 注意するとエリは素直に謝った。

 クーはうれしそうに「ふん」と言っている。


「それといつもありがとう。エリにも感謝してるよ」


「はい!」


 たちまちエリは満面の笑顔になり、クーは小さく舌打ちした。

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