第57話「パシリがせいぜいの陰キャ」
「ふー、歌った、歌ったー」
三人は思い切り歌えて満足したのか、とてもいい笑顔だ。
たっぷり三時間は経過したけど、あっという間だったな。
「どう? ずっと楽しそうにニコニコしてたけど」
と甲斐谷さんに聞かれる。
「たしかに楽しかったよ」
たまにはいいものだなと素直に受け入れることができた。
「でしょー? また行こうよー」
「うん」
なので甲斐谷さんの次の言葉にもうなずく。
具体的な日程は言われなかったからこそ、すんなりとまとまった気がする。
「おお、いい女めっけー」
「はぁ?」
いかにもチャラい感じの男のふたり組が、烏山さんたちを見て口笛を吹く。
片方は長髪でもうひとりは体格のいい角刈りだ。
烏山さんたちの機嫌が一気に氷点下までダウンする。
たしかに三人ともめちゃくちゃ可愛いんだけど……せっかく楽しい雰囲気になれたと思ったのになあ。
「消えろよ」
烏山さんの対応が容赦ない。
「は? ツラがいいからってエラソーだな」
男たちの表情も声も一気に険悪になって、一触即発って空気になってしまう。
「バカ女どもは痛い目にあわなきゃ理解できないか?」
体格のいいほうが烏山さんに手を伸ばしたので、反射的に彼女をかばって左手で受け止める。
「ああ? 何だおまえ?」
体格のいい男がすごんできた。
「どう見てもパシリがせいぜいの陰キャごときがでしゃばってんじゃねえよ。ご主人サマを守るために必死か?」
長髪がすごい剣幕でまくしたててきた。
クーが怒ったときと比べたら、そよ風ですらないな。
あいつをなだめるほうがよっぽど大変に違いない。
「忠犬すぎて哀れだな」
体格のいい男がせせら笑って俺の手を握りつぶそうとするが、この程度ならファリのじゃれつきのほうが100倍キツイ。
「え、何だ、こいつ……?」
自分が握力でまったく歯が立たないのを受け入れられないらしい。
体格のいい男はだんだんと真顔になっていく。
「おい、お前、何やってんだよ?」
そんな相棒の様子が信じられないのか、長髪もあわてはじめる。
「そ、そんなことを言ったって」
押して引いてもダメとは今のこいつのことを言うんだろうな、と他人事みたいなことを思う。
体格のいい男の顔色がどんどん悪くなってきたところで手を離す。
騒ぎになったら厄介だからね。
クーとエリが絶対参戦しようとしてくるって意味で。
「くっ、覚えてろ」
男たちは定型文っぽい捨て台詞を残して、そそくさと逃げ出す。
ふーっ、さっさとあきらめてくれて助かった。(おもに彼らの生命が)
「不死川くん、助けてくれてありがとう」
三人はどことなくあっけにとられた様子のまま礼を言う。
「いや、いいよ」
三人にはよくしてもらってるし、いまのはあのナンパ男たちのほうが絶対に悪い。
「不死川くんってもしかして鍛えてるー?」
と甲斐谷さんに聞かれてしまう。
あのふたりを握力や腕力で圧倒したように見えちゃったかな。
あのふたりが大したことないだけだと思うんだけど、三人の見る目がちょっと違う気がしているから、信じてもらえないかも。
「ちょっとくらいは」
これはウソじゃない。
クーたちに囲まれて育った結果、たぶん普通の高校生よりも結果的に鍛えられた可能性はあるからね。
「実はすごい人なんじゃ? カッコよかったよね」
烏山さんと楠田さんが「きゃーっ」と黄色い声を出しながら言う。
おそらくそんな大したことないと思うけど、否定していい場面なのかな?
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