第56話「楽しい時間を過ごせる友だち」

 俺たちはバラバラに教室を出て、校門の外で合流した。


「やっほー、さっきぶり」


 甲斐谷さんが笑顔で手をふってくれたので、こっちもふり返す。

 俺たちは制服のままでも入れるカラオケチェーンに入る。


「ここって学生ならフリータイムで450円、ドリンクバー飲み放題つきなんだよねー」


 と烏山さんに言われた。


「すごい、安いんだね」


 ソフトドリンク飲み放題つきの値段だとは思えない。

 立地も悪くないし外装も内装もきれいな店なのに。


「でしょー? たまに来るんだよねー」


 と甲斐谷さんがニコニコして答える。

 部屋に案内されたあと、みんなでドリンクバーを取りに行く。


 L字型の座席だったので隅に腰を下ろすと、三人ともふしぎそうな顔になった。


「不死川くーん、もっと近くに来てよー」


 優しいというよりは甘い感じで、甲斐谷さんが手招きする。


 陰キャの俺に拒否なんてできるはずがなく、甲斐谷さんと楠田さんの間に座った。


 肩が触れ合いそうな距離だけど、ふたりとも気にしないらしい。


「何から歌おうか」


 三人ともうきうきしてて、本当にカラオケが好きなんだなーということが伝わってくる。


 烏山さん、楠田さんの順番に歌っていくけど、知らない曲ばかりだ。

 バラード系? それともポップ系?


 歌に関する知識がなさ過ぎてさっぱりわかんない。


「はい、先にどうぞー」


 と甲斐谷さんがニコニコと俺にマイクをすすめる。


「え、俺……?」


 困惑を声に出してしまう。


「一曲くらい歌いなよー」


 と烏山さん。


「あたしらだってべつに上手くないんだし、気にしない気にしない」


 と楠田さん。

 

「楽しければそれでいいんだよー。肩の力を抜いて」


 と甲斐谷さんも言う。

 

「うん」


 くり返し言われたおかげで多少はリラックスできたかも。

 俺が選んだのは教科書にも載ってる人気アニメの歌だ。


「あ、知ってるー」


「定番と言えば定番だよねー」


 女子たちの反応も悪くはない。

 ホッとしながら歌ってみる。


 終わると三人とも拍手してくれた。


「不死川くん、下手じゃないじゃん?」


 と楠田さんは褒めてくれる。


「むしろ上手かったかも」


 甲斐谷さんは正直褒めすぎだと思いながら、彼女にマイクを渡す。


「じゃああたしはこれにしよっとー」


 と言って彼女が選んだのはロックだった。

 ぎょっとすると、楠田さんがくすくす笑う。


「意外でしょ? うちらも最初びっくりしたもんね」


 ふだんとのギャップに驚いたのはなにも俺だけじゃないらしい。

 

「えー、不死川くんまでそんなことを言うの?」


 歌い終わった甲斐谷さんが、ちょっぴり不満をにじませる。


「ご、ごめんなさい」


 これは俺が悪いと思って謝った。


「べつにいいんだけど、どうだった?」


「上手かったし、かっこよかった」


 感想を聞かれたので正直に答える。

 ウソはついてないし、おせじでもない。


 プロでも通用しそうって思ったくらいだ。


「ありがとー」


 甲斐谷さんは真っ赤になって左手をぱたぱたさせながら、マイクを烏山さんに回す。


 そのあとは俺は勘弁してもらって、三人の歌声を聞く。

 楽しい時間を過ごせる友だちっていいものなんだなぁと思いながら。

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