第58話「全部丸投げはよくない」

 家に帰ったら、門の外でクーが待っていた。


「ただいま。あれ、連絡はちゃんとしてたよね?」


 彼女に連絡せずに遊びに行くと大惨事まったなしだからね。


「うん。わたしがこうしたかっただけ」


 とクーはこっちを見て答えるものの目が笑ってない。

 こりゃ機嫌がだいぶ悪いぞ。

  

 庭の隅ではファリをはじめ、犬たちが固まって震えてる。


 番犬の役目を放棄しちゃってるけど、犬より恐ろしいクーがいるので誰も来なかった可能性がありそう。


 長いつきあいじゃなかったから俺だって逃げたくなってたかもだし。


「そんなすねなくても」


「す、すねてない!」


 俺の言葉を聞いたクーがあわてて訂正する。

 玄関のドアを開けて中の光に照らされたので、動揺している表情が見えた。


「晩ご飯には間に合ったんだから許してほしい」


 と頼んでみる。


「べ、別に怒ってるわけじゃない」


 とクーは返してきた。

 なるほど、今回は自覚がないパターンだったか。


「今度ふたりでどこかに出かけてみる?」


 心当たりがないわけじゃないので提案してみる。


「いいの!?」


 案の定、食いつきがすごかった。


 やっぱりエリとは出かけているのに、クーとはしばらくどこにも行ってないという部分が影響してそう。


「土日になればいいよ」


 平日は学校があるし、遠出は難しい。

 近所なら過去に遊びに行ったことがあるから、クーはきっと満足できない。


「やった! いまさら撤回はなしだからね!?」


 鼻と鼻がふれあいそうな至近距離で念押しされる。

 撤回しなきゃいけないほどの用事なんて、きっと俺には無縁だろう。


「大丈夫だと思う」


 とうなずいておく。


「よし、くふふふ」


 クーはそばで見ていて不気味になるくらい機嫌がよくなっている。


「あら、やまとになだめてもらったんですね」


 キッチンから廊下に顔を出したエリが、クーをひと目見て言い当てた。

 これまたさすがと言うべきかな。


「ふふん」


 クーはうれしそうに胸を張る。

 ふだんとは違って余裕がたっぷりとにじみ出ていた。


「あらら……これはデートの約束でも取り付けましたね」


 エリは彼女の様子から何かを察したらしい。

 さすがつき合いが長いだけはある。


「デートというかお出かけだけどね」


 俺は訂正する。

 これがたとえば甲斐谷さんとか、ルシオラとかだったらデートなんだろうけど。


 相手がクーだと家族サービス的な位置づけになると思うんだ。

 

「え、デートがいい」


 クーがガチトーンで要求してきたので、訂正を撤回する必要を感じる。


「デートか……そんな本格的なやつは無理なんだけど」


 金はなんか最近稼げるようになったので解決したとして、それでも女性とデートした経験なんて俺にはない。


 クーとエリはやっぱり俺の中じゃカウントできないので。


「やまとといっしょならどこでもいいよ。やまとのことならわたしが一番よく知ってるんだし」


 とクーは笑う。

 『一番』という部分をやけに強調していたけど聞き流そう。


「どこがいいかなぁ」


 クーは目立ちそうだから人があんまり来ない場所がいいかな。

 

「クー様、やまとに負担かけないでくださいね」


 エリがジト目になってクーに言う。


「わかってる。全部丸投げはよくない。いくつか候補はわたしも考えよう」


 クーはうきうきしながら答えた。

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