第46話「ヴァンパイアのアルカ」

 二十階は水が多いエリアだ。

 そして奥にいるのはクラーケンのケンちゃん。


 男みたいな愛称だけど、個体的にはメスらしい。

 クーって呼び方だとかぶってしまうからケンちゃんと名付けた。


 階段のそばにある湖に俺が近づくと、ケンちゃんが大きな体を見せる。


「シュププププ」


 ケンちゃんから甲高い異音が放たれた。

 このあいさつは相変わらず独特だなぁ。


 俺が右手をあげると彼女も立派な触手を振って応じる。

 

「会えてうれしい? 俺もだよ」


 ケンちゃんはもっと会いたいと言ってこなかったけど、ちょっと罪悪感があるなぁ。


「ケンちゃんを連れてくるのは大変だよね」


 ケンちゃんというかクラーケンは、水辺じゃないと生きられない。

 彼女自身だけならまだしも、大量の水は無理だろう。


「やまとが望むならわたしが何とかしますよ」


 エリがニコリと即答する。


「この子がぜいたく言わないなら、ですけど」


 チラリと彼女がケンちゃんを見ると、ぜいたくなんて言わないと触手を振ってこたえていた。


 ケンちゃん、外見は威圧感がすごいけど温和で優しい性格だもんね。


「じゃあまた会おうね」

 

 とケンちゃんと別れて次は三十階に向かう。


「やまと! 久しぶり!」


 三十階に下りたとたん、笑顔で話しかけてきたのはヴァンパイアのアルカだ。


 外見年齢は俺と同じくらい、白いシャツに包まれたおっぱいは甲斐谷さんくらいの美少女。


 もっとも実年齢は俺よりはるかに上らしいけど。

 俺に抱き着こうとしたアルカをクーは無表情で、エリは笑顔で阻止する。


「くっ……ふたりともずるいですわ」


 アルカが悔しがった。

 俺もちょっと残念だったりする。


 甲斐谷さんは無理だけど、アルカなら気安い関係なのに。


「ずうずうしいやつめ」


 クーは冷淡に言い返す。


「やまとにちょっかい出すなら、滅ぼしますよ?」

 

 エリがおだやかに物騒なことを言う。


「ケンカしないでくれよ」


「はーい」


「しません」


 俺のけん制にアルカとエリはすぐに返事をする。

 クーが何も言わないのはどうして? と思って彼女を見ると、


「一方的な処刑はケンカにはならない……?」


 もっとやばいことを考えてるみたいだ。


「クーは攻撃に分類されること全部禁止の方向で」


 すかさず言い渡す。


「な!? それではやまとの敵を抹殺できない。考え直してほしい」


 クーはメチャクチャ動揺して、ドアップで頼み込んでくる。

 

「いや、俺の敵っていまここにはいないよ」


 アルカもエリも俺の身内なんだから。

 

「くっ……」


 クーは悔しそうにうなって唇を嚙んでるけど何で?


「クー様は相変わらず、やまとに弱いですね」


 とアルカがクスクス笑う。


「じゃなかったら地上はもたないですよ」

 

 エリが大げさなことを言っている。

 いくらクーでもそこまで見境のない行動には出ないだろう。


「それはたしかに」


 アルカは納得してうなずいたが、すぐに赤い瞳を俺に向けてくる。


「やまと、もう少し会いに来てほしいです」


 頬を染めて照れながら言われた。

 メチャクチャ可愛い。


「う、うん」


 思わずうなずくと、左右の肩にエリとクーの手が置かれる。


「やまと、まどわされないで」


「この子とだけ会うのは、ほかの子がかわいそうですよ」


「……それもそうだ」


 クーとエリに諭されてハッとした。

 同時にアルカが「ちぇっ」と舌打ちする。


「おふたりのガードはやっぱり堅いなぁ」


 アルカは残念そうというよりは寂しそうだった。


「……アルカならたまには地上に出てきてもいいんじゃないか?」


 と俺は聞いてみる。


「こいつならまあ」


「やまとが望むなら」


 クーとエリは消極的ながら賛成した。


「やった! おふたりの許可があればこわいものなしです! ありがとう、やまと!」


 アルカは大喜びで俺に抱き着いてくる。

 大きなマシュマロはとてもやわらかい。


「いますぐ離れましょうか」


「調子に乗ったらほろぼすぞ」


 エリは笑顔で、クーは無表情でアルカを引きはがす。

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