第18話「ジュリアン・ソーク②」

 ポーションを生成したあと、ソーク氏は護衛たちに守られて大急ぎで自宅へ戻った。


 屋敷では妻と娘のふたりが病床に臥せっている。

 ふたりの病名は「魔血病」という。


 マナと名付けられた微粒子は、人類の体内で代謝されて魔力に変換されるのが通常だ。


 しかし、代謝能力が低い者は魔力に変換されず、微粒子のまま体内に蓄積されていく。


 少量なら平気だが、多量になってくると人体に悪影響をもたらす。


 重症になると血管が微粒子に侵蝕され、全身が黒く染まり、身動きがとれなくなってやがて死に至る。

 

「対策は癒しのリンゴと幻想の果実を使ったポーションを作ること、と言われたときは絶望したものだ」


 ソークはそうつぶやく。


「おまえたち、ただいま。持ってきたぞ」


 使用人がドアを開、ふたりに声をかけてポーションが入ったガラスビンを見せた。


「あなた。ジェニーから」


 弱弱しい声で彼の妻が言う。

 せめて娘だけでも助かって欲しいと希望していた妻の頼みに、ソークは従った。


 ポーションを飲むと苦しそうだったジェニーの表情がやわらぐ。

 すこしずつだが黒い色が減っていき、本来の美しい肌が戻ってくる。


「おお、ここまですぐに効くものなのか」


 ソークは感嘆の声を漏らす。

 数日かけて戻っていくものとばかり思っていたのだ。


「パパ」

 

 と呼びかけるジェニーの表情には生気が戻っている。


「よかった」


 ソークは涙ぐみながら妻にポーションを飲ませた。

 彼女もまたすぐに変化が現れる。


「ふたりに水を持ってきてくれ」


 と彼は使用人たちに指示をだす。


「すでに準備は終えています」


 老年の執事が優雅な一礼で答える。


「さすがだな」


 ソークは感嘆した。 

 

「医者への連絡は?」


「すでにしております」


 老年の執事の答えに彼は満足する。


 ふたりはどんな食事をとれるのか、元通りになるまでにどれくらいかかるのか、確認したいことが山積みだ。


「終わったら『アマテル』にあらためて礼をしないとな」


 大切な妻と娘を助けてもらった恩は、お金だけですまないとソークは思う。

 

「とは言え、勝手なことをするのもな」


 本人が望まないことを押し付けたくない。

 それに懸念事項もある。


「旦那様」


 執事のひとりがドアの向こうで呼びかけた。

 ある指示を出していた者の声なので、部屋の外に出て対応する。


「なにかわかったか?」


「魔法が使われた痕跡があるとだけ。あと戦力計測機には使われていません」


「そうか」


 ソークは執事の答えに腕を組む。

 

「つまり、『アマテル』ともうひとりの女の戦力はゆうに200を超えている、という予想が当たっていたか」


「軍によると、200程度ではそんなひどいことにならないそうです」


 と言った執事の顔色は悪い。


「なるほど……それなら魔法の痕跡が残っていたのはおかしいか」


 戦力50を超すモンスターは、痕跡が残らない魔法を使ってくる個体がいる、という情報をソークは持っている。


 戦力200超えができないというのは不自然だ。


「一種の警告と考えて正解のようだ」


 その気になればどうとでもなると言われた、とソークは解釈する。

 やはりあのとき、余計なことをしなくてよかったのだと確信した。


 『アマテル』個人はシャイな日本人のようだったが、隣にいた女は得体が知れない不気味さがある。


「妻と娘に相談だな」


 ふたりはおそらく会って礼を言いたがるだろう。

 『アマテル』は承知してくれるだろうか?

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