29話 亡者戦争の幕開け


「おう? お嬢ちゃんも冠位種ネームド狩りに参加するのか?」


「Lv8か。安全マージンしっかり取ってんな」


「レベルの低い奴らもレアモンスター見たさに見学にきてるが討伐隊こっち側か。頼りにしてるぜ?」


「今回はだいたい300人近くが集まったらしいぞ」


「基本的には8人PTで行動しながら、【白き千剣の大葬原だいそうげん】をしらみつぶしに探索って感じだな」



 冠位種ネームド狩りをするために集まったであろう転生人プレイヤーの輪に入り、さりげなく情報収集をした結果、概ね転生人プレイヤー側の戦略は聞き出すのに成功した。


 俺が潜んだのはメルやウタさんがいない中央の陣だ。

 どの転生人プレイヤーもLvが高く低い者でもLv7、ほとんどがLv10~Lv13だった。

 つまり【亡者】と戦うにしては過剰戦力すぎる。

 だがその分、僕にとっては稼ぎ時となるだろう。


 今までのデータから転生人プレイヤーのLvが高ければ高いほど、ドロップする仮想金貨は大量になる。


 さて、そんな高レベル転生人プレイヤーばかりの中で一際目立つPTがいる。

 騎士風の装備に身を固めた美女が率いる8人の集団だ。彼女の名はコンゴウLv19と表示されていて、Lvが頭一つ抜けている。


 あの人たちが、メルたちが言っていた神聖騎士団イェントリってやつか。


「いいか! みな、なるべく一列になりながらゆっくりと前進しよう!」


 どうやらコンゴウLv19が、今回の冠位種ネームド狩りを主催した転生人ネームドらしい。彼女のパーティーの周りには、16人ほど騎士風の転生人プレイヤーがそろっていて、明らかに強者の匂いをぷんぷん出している。


「どこかのPTが集中的に襲われたり崩れだしたら、そこに冠位種ネームドモンスターが出現した可能性が高い! 周囲のPTと連携してほしい!」


 金髪美女が声を上げれば、その戦略方針は横へ横へと広がりを見せる。彼女は300人弱の転生人プレイヤーを上手にまとめているようで、まさに人海戦術を敢行するといった具合だ。

 亡者を一匹も逃すつもりはないらしい。


 しかし一列か……一点集中でぶつければ食い破りやすいけど、その後は散開されて包囲されそうだ。



「では! 総員、ゆっくりと進軍!」


 コンゴウLv19が、月下に剣を振り上げる。

 その合図を以って転生人プレイヤーたちはゆっくりと前進し始め、同時に僕は背の高い白草へと身を忍ばせた。


「今宵は【冠位種ネームド】を狩って、仮想金貨を稼ぐぞ!」

「「「おおおおお!」」」


 金か。

 金さえあれば未来みくは今も元気に過ごせて……元カノだって失わなかったのかもしれない。

 なら、そうだ。このゲームで転生人プレイヤーをキルして、稼ぎに稼いでやろうじゃないか。





 隠しステータス。

 それはおそらくバフなどが発動したときにかかる代物だと思う。例えば【破壊力】は、武器や防具、そしてフィールドのオブジェクトへの破壊力を上昇させる魔法によって、1~10段階のバフが付くのだ。


 そして僕の【神々をあざむくく者】は、各隠しステータス【隠密】と【変幻】を5段階まで引き上げる。

 それから白き草々の影を目にも止まらぬスピードで駆けた。



転生人プレイヤーたちはかなり慎重に進んでるな……あれでは、ただうろつくだけの【亡者】であれば狩り尽くせるだろう」


 月明かりを頼りに目を凝らせば、白き草原にはぽつりぽつりと彷徨う亡者に、過剰戦力で転生人プレイヤーが群がる光景がうっすらと見える。



つどえ——」


 僕はさらに転生人プレイヤーたちから距離を空けて、亡者たちを呼び寄せる。

 呼び寄せ、呼び寄せ、呼び続ける。

 もちろん転生人プレイヤーにこちらの位置がバレては困るので、亡者たちには地面から肩口までしか露出してない。地中から顔を出す彼ら彼女らの総数は瞬く間に80前後に膨れ上がる。


 僕はそんな亡者たちに大量の装備を渡す。それは、先日から定期的に続けている転生人プレイヤー狩りで入手した【弓矢】だ。さらにこの日のためにコツコツとゴチデスさんから【弓矢】も含め、色々な武器を買い漁っていたりもした。

【弓矢】の装備に必要なのは、ステータス力2であるため亡者にも装備できる。


 本当はもっと上等な装備もチラホラ持っているけれど、亡者にはこれが精一杯だ。

 僕は亡者たち80体を横一列に展開させ、とある命令を出してその場で待機させる。



 続いて転生人プレイヤーの進軍状態を観察して、ちょうど80体の亡者が潜む場所から、中間の位置する場所で次々と亡者を呼び出す。


 10体前後の亡者に【銅の槍】を素早く渡し、再び地中へと潜らせる。それを合計7カ所で行い、弓隊80体と槍隊70体の亡者を潜伏させるに成功する。

 それから転生人プレイヤーの近くまで接近して彼らの様子を窺う。


「今夜は冠位種ネームドなんて出ないんじゃないのか!?」

「やっぱ【亡者】なんてザコだな」

「つまんねえ討伐戦だよ」


 ふらふらとうろつく亡者を倒してゆくだけの作業は彼らから緊張感を奪いつつあった。

 いい流れだ。


 僕は弓隊が伏せてある地点からやや前方に位置する場に移動して、一気に亡者たちを呼び寄せる。その数は20、50、80、100体以上に膨れ上がり、筋力が3と高い亡者にのみ【銅の剣】と【銅の盾】を装備させる。

 この剣と盾を持った戦士隊50と素手隊50の混成部隊は、地中から上半身だけを出す潜伏状態ではない。堂々と転生人プレイヤーに補足されるようなポジションだ。


「おい! あそこを見ろ!」


 やはり、というべきか……転生人プレイヤー側も大量に亡者が集結するのを把握したようで、横一列に伸び切った隊列を狭め、こちらを突破するために戦力を集結させる動きを見せ始めた。


 僕は相手が準備をする間に、せっせこ新たな亡者を呼び出し続け、それらすべてを地中へと潜伏させまくる。ついでにとある命令・・・・・も忘れておかない。

 亡者が装備できる武器はすでに底尽きていたので、素手隊となっているがその数は150を超える。


 Lv10以下のモンスターなら、信仰MPの消費なしで命令し放題なのは非常に助かる。


 さて、こちらの亡者軍は総勢400体。

 対する転生人プレイヤー軍は300前後。

 個々の能力差が大きいため、どれほどまともに戦えるかわからないけれど、やれるだけの事はやってみよう。



「突撃いい!」


 どうやら転生人プレイヤー軍は準備が整ったらしく、コンゴウLv19の号令を皮切りに戦士隊と素手隊の混成部隊めがけて走り出した。

 無論、僕も羞恥心を抑えながら突撃を命じる。


「女神に縛られし残骸どもよ、かつての貴様らの同胞を蹂躙せよ」


【亡者】たちの侵攻速度は転生人プレイヤーに比べ、のらりくらりとしたもので、不気味な静寂を伴った進軍だ。反対に転生人プレイヤーたちは雄叫びを上げながら、迫力満点の突撃敢行をしている。


 さて、転生人プレイヤー300人と亡者の戦士隊と素手隊の混成部隊100体の衝突する直前で、僕は地中に潜らせていた素手隊150に命令していた通りの行動を始めさせる。


「——安息の土に還るなど許さぬ。より多くの死を引きずり込め」


 やっぱりソレらしい台詞になってしまうのはちょっと恥ずかしい。



「おわ!?」

「地面から手が!?」

「ぎゃっ」

「転ぶぞ! 気をつけろ!」

「踏むな、おい! 俺を踏むな!? ダメージが入っちまう!?」


 地中に潜らせておいた素手隊には、転生人プレイヤーが頭上を通過する感覚があったら手を出して足を掴め、絡め、と命令してあった。

 ものの見事に前列から転生人プレイヤーは転び、さらに後列を走っていた転生人プレイヤーに踏まれたり、蹴られたりとひっちゃかめっちゃかだ。


「地中より亡者の出現! 焦らず各個撃破に移れ!」


 コンゴウLv19が慌てた様子もなく命令するが、僕もこの一撃だけは終わらない。


「【月樹神アルテミス】の呪いに犯された者どもよ、死の雨を降らせるのだ」


 150体の素手隊が足止めしている隙に戦士隊をぶつけ、さらに弓隊が一斉射撃を行う。

 正直に言えば亡者たちの射撃精度には期待していなかったけど、転生人プレイヤーはそれなりに密集しているので被弾率が激しい。


「おわ!? こいつら、剣をもってるぞ!?」

「盾もだ!」

「ちきしょう、邪魔だぞ! 足を放せよ!」

「矢だ! 矢が飛んできてる!」

「ど、どこからだ!? くそっ」


 混乱は十分に引き出せていた。

 矢は月が浮かび上がる夜空へ弧を描きながら宙空を走る。亡者たちの放った矢の雨が降り注ぐ。


「盾もちは上にかまえろ! 盾を持ってない者は、なるべく盾もちの影に隠れるんだ!」


 さて、奇しくも彼らが密集し始めた場所は、槍隊を潜伏させていた近辺だ。

 

「ぐほっ!?」

「地面から槍が!?」

「ちがう、亡者だ! 槍もちのもじゃっ!?」

「くそおおおお、俺がこんなところでええええぐぎゃっ」

「落ち着けナリヤ!?」


 上に盾を構えた転生人プレイヤーの脇腹はがら空きだ。そこを地面から突いてやれば、面白いように盾持ち転生人プレイヤーは次々と地に倒れ伏す。


 よし、メルたちにつっかかってたナリヤさんもキルしたっぽいな。これでまたLv上げをやり直すはめになったから、ノンさんたちにとっては五日後に控えた闘技場戦が有利になるかも。


「魔法スキルを持つ者は積極的に亡者の密集地帯に放て!」

「もうやってる!」

「くそ! 数が多いな」

「だけど所詮は亡者だ! 慌てるな!」


 やはり戦力差は明らかで、それなりの数の転生人プレイヤーを倒せても慌てずに反撃して【亡者】を屠る転生人プレイヤーもいる。


「絵描き魔法————【星空の花葬かそう】」

「めるめるが花火を描いてくれたねー範囲魔法? じゃあ私も集団催眠~! みんなで永眠! ねんねんころりやーおころりやー♪」

「ノンノン、スグに起コスです。キルしてキルして稼ぐます!」


「うおおおおおお! めるめるに続けえええ!」

「キラリンがチャンスを作ってくれたぞおおおお! 男を見せろおおおお!」

「うおっ、あのちびっこマジ強い。てか、あの剣ってルーンちゃんが鍛えたのと似てる……?」


 しかも厄介なのがメルたちだ。

 ウタさんとメルのリスナーも強いし、なんならノンさんもバッサバッサと【亡者】を切り伏せていく。

 そして彼女たちの反対側からも、二刀流の女性転生人プレイヤー……【エクシスLv20】が猪突猛進している。


 僕は敵冠位種ネームドが乱立する戦場で、どんどん亡者を呼び寄せては次々と正面からぶつけていく。

 しかしそれも100体を超える頃になると、パタっと止まってしまった。


「この辺りで呼び寄せられるのは、この数が限界か……合計500体前後とな」


 そして限界が来たのは戦力の補充だけではなかった。

 やはり高レベル転生人プレイヤーの集団だ。プレイヤー側は2割近くを失ってもなお、崩れかけた連携を立て直している。何個かの部隊に分かれて猛反撃を行い、そのうちの一部隊が弓隊に食らいつきみるみる間に屠られてゆく。

 

「こうなると……転生人プレイヤーがどこにいるのか、亡者たちがどのような動きをしているのか、全体像を把握できたらもっとうまく戦えたであろうな」


 あくまで戦況を確認できるのは僕の視界内のみで、遠くの方ではどんな状態になっているのかまるで把握できない。

 弓隊の撃滅も、いち早く敵の動きを察知していれば避けられたかもしれない。


「……この規模が相手になると、もはや【亡者】だけでは戦力的に足りないな。もっと強力な魔物を投入しなければ、転生人プレイヤーを全滅させるには至らん」


 僕は亡者たちが殲滅されるのを静かに眺めつつ、今回の戦いをつぶさに分析する。それから転生人プレイヤーの3割近くをキルした時点で、【亡者】たちは全滅した。

 僕はその結果を見届け、ひっそりとその場を後にする。



 キルした転生人プレイヤーからドロップした収穫は様々な装備と、仮想金貨3万5000枚。

つまり、たった数十分で3万五千円が手に入ったのだ。


 時給1万円どころの話ではなかった。



「可愛いは、豪勢よな」


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