22話 推しに貢がれていると気付かないマン



「私に貢がせてください……!」


 ウタさんから飛び出た台詞は、僕の予想を遥かに飛び越えていた。

 というか誰も予想できなかったと思う。


「ふ、ふむ……詳しく聞かせてみよ」


 態度は不遜だけど、内心はドギマギしまくってます。

 

「ルンちゃんさんは初めてお会いした時からお召し物が変わっておられません。ですので、どうか! 私にルンちゃんさんの可愛さを、さらに引き立てるお手伝いをさせてください……!」


 な、なんと!

 言われてみれば金策に必死になりすぎて、可愛さ磨きを失念していた!

 つまりウタさんは僕に可愛い服を買ってくれるらしい?

 そんなのもちろん————



「よ、よかろう」


「だめ。お兄ちゃんに貢ぐ、私だけでいい」


「むむっ?」


 僕が喜んでウタさんの申し出を受けようとするも、なぜか芽瑠めるが待ったをかけてくる。

 どうしてだ?

 そんな風に無言で問いかけると、芽瑠はコソコソと耳打ちしてきた。


「これ以上、借りをつくる、まずい」

「ああ……なるほど」


 確かにウタさんには借りを作りすぎては迷惑になってしまうだろう。

 可愛さに釣られて、図々しいのは可愛くないな。

 ここは丁重にお断りしておかないとだ。


「申し訳ないのだが、ウタよ。気持ちだけ受け取っておこ————」


 僕がそう言いかけるとウタさんは目に見えてしょげてしまった。

 なんだかこの世の絶望を知ったみたいな表情で、いかにウタさんが僕に貢ぎたかったのかをわからせられた。

 それは芽瑠も同じで、親しくなり始めたフレンドの意気消沈っぷりに少しだけ困惑しているようだ。


「……うた、わかった。私とうた、二人で半分こ、貢ぐ。それでいい?」


 それで何がいいのか僕には全くわからなかったが多分アレだ。

 ウタさんだけが僕に何かをプレゼントするより、芽瑠も入れば負担が分散するとかそういう話だと思う。


「いいのですか!? うれしい、うれしすぎます!」


 パーッと顔を輝かせるウタさんを見て、再び頑なに固辞してその表情を曇らせるのは気が引けてしまう。

 ここは素直に、ありがたく、ウタさんの申し出に乗っかっておこう。


 それから芽瑠とウタさんは、店内の品物を吟味し始めたので僕も見てみる。

 どれどれ、【銅の剣★☆☆】で金貨30枚。

【鉄の剣★☆☆】だと金貨200枚か。

 ん、【鋼鉄の剣★☆☆】だと金貨400枚。


「まずはルンちゃんさんに似合いそうな武器を探しましょう」

「んん……店売りの武器、弱い。武器ガチャの方がいい?」


「ええ、確かにそうでしょうね。転生人プレイヤーがお作りになった武器も……ガチャには劣るでしょうし……」

「どうせなら、いいの、貢ぎたい」


 そこへ割って入ってきたのが商売人のゴチデスさんだ。


「確かに鍛冶技術パッシブは、生産転生人クラフトプレイヤーが盛んな【創造の地平船ちへいせんガリレオ】でも、不遇であるともっぱらの噂ですね」


「武器ガチャとは、それほどまでに性能がいいのであるか?」


「ええ、ええ。武器ガチャはいわゆる神からの祝福ギフトですからねえ。黄金領域として開放された都市には武器ガチャはありますゆえ、この【剣闘市オールドナイン】にもございますよ」

「神様の祝福を受ける、といった設定で神から武器を授かるのです。この街でしたら【剣神オールドナイン】から授かります」

「神ごとに、ガチャのラインナップ、違う。更新される、強くなる」


 ふむふむ。

 となると新しい黄金領域を解放すると、新ガチャシリーズも更新されるってわけか。

 お金で祝福を買うとはまさに黄金教だ。


「具体的にどれぐらいの性能差が?」


生産転生人クラフトプレイヤーが作った物は高確率で☆なしか、あって★1です。対する武器ガチャは★2や★3の性能が度々でるのですよ」


「ふむう」


「ですが、ここは【金海に眠る扉】でございます。そんじょそこらでは扱ってない貴重な品々もございます」


 そう言ってゴチデスさんが取り出してくれたのは、一振りの綺麗なおうぎだった。


「こちらは【明けのなぎ★☆☆】でございます。装備に必要なステータスが信仰MP4だけでありながら、力+1と色力いりょく+3の破格な性能をお持ちです。中距離戦を得意とする│転生人プレイヤーにはピッタリかと」


色力いりょく+3……すごい性能」

「おいくらでしょうか?」

「金貨3000枚でございます。銀貨でしたら5000枚です」


 3000円!? 課金マネーだったら5000円!?

 たっか!!!


「そしてこちらは、ステータス力が必須ですが近距離向けの転生人プレイヤーにはお勧めかと」


 ゴチデスさんがおずおずと出してきたのは大きすぎる戦槌ハンマーだった。

 彼の背丈ぐらいのサイズと無骨さにちょっとビックリしてしまう。


————————————————————

【巨人の金槌かなづち】☆☆☆

〈タイプ:ハンマー&戦槌せんつい〉〈レア度:F〉

〈必要ステータス:力11 命値HP13〉

〈ステータス補正:力+6〉

〈鍛錬力+5〉

—————————————————————


「力+6、つよい。でもこれ、装備、むり」

「そうですね……力11と命値いのち13はLv20の転生人プレイヤーでも、相当に偏ったステータスポイントの振り方をしてないと厳しいでしょう」


「鍛錬力とはどういった意味があるのだ?」


 先ほどの【明けのなぎ★☆☆】にはなかった項目を指摘してみると、ゴチデスさんは嬉しそうに語った。


「なんと、この【巨人の金槌かなづち】は武器でありながら生産工具でもあるのです! 鍛錬力は武器を鍛える際のプラス補正値でございます。確かに現状の転生人プレイヤーLvでは装備できる方は非常に限られておりますが、こういった【タイプ:二重奏ダブル】はなかなかに珍しいのです」


「その分、効果も中途半端」

「装備条件のステータスが高いわりには、ステータス補正が低いですものね」


 んん……ここは【明けのなぎ★☆☆】の方が良いだろうか?

 ステータス色力いりょく補正がつくのが魅力的だ。


「ちなみに【巨人の金槌かなづち】のお値段はいかほどか?」

「はい、金貨2000枚でございます。銀貨でしたら3500枚です」


「では【巨人の金槌かなづち】を所望する」


「うそ」

「ルンちゃんさん!?」


 いや、だって1000円も安いし!?

 やっぱり貢いでもらう手前、わがままは言いたくないし……それに僕はLvが上がればステータスポイントを10ももらえるので、わりとすぐに【巨人の金槌かなづち】を装備できると思う。


「まあ、本人がいいなら、納得」

「たしかに小っちゃなルンちゃんさんが、大きな武器をぶんぶん振り回す姿はとてもギャップがあって可愛らしく見えますね……!」


「武器は決まり。次は防具」

「申し訳ないのですが、ただいまステータス値が上がる防具は切らしておりまして……」


 芽瑠めるの切り替えにゴチデスさんは頭を下げた。

 というか防具まで買ってくれるつもりなの!?


「ステータス上がる防具、珍しい。しょうがない」

「そんなにレアであるのか」

「はい。稀にステータスに影響する防具もありますが、なかなかに入手困難でして……主に防具は、見た目やファッション性にアプローチする品ばかりでございます」


 ふむふむ。

 でもファッションを楽しむのは、僕がリアルでできないことだから……思いっきりこのキャラで楽しめないのは、少しだけ残念でもある。

 

「ルンちゃんさん、ご安心ください。お姉さんがとっておきをプレゼントしちゃいます!」


 そう言ってウタさんが僕に譲渡してきたのは、とても可愛らしい洋服だった。

 

「可愛いは……人脈、であるか……」


「ささっ、ルンちゃんさんっ! さっそくお着換えしましょう」

「初めて装備する物、しっかり着替えるモーション、必要」


 こうして妙に着替えを催促してくる二人に押され、僕は試着室に入った。


 どうやらこのゲームの防具は、初めて身に着ける種類の物はいちいち着替えるモーションが必要らしい。かなりリアルな仕様だけど、もし戦闘中だったらすごく手間になるだろう。


「…………で、どうしてメルやウタさんまで試着室に入っているのだ?」

「初めて、手間取る、手伝う」

「ルンちゃんさんはこの手の服を着たご経験はありますでしょうか? 手順が複かと思いまして」


「なるほど」


 少し気恥ずかしさがあるものの、せっかくいただいた可愛い装備なので、しっかり着方を教えてもらおう。

 とはいえ僕は女装趣味なので、この手の服の着方は馴れてはいるのだけども、ゲームの仕様的に万が一もある。


「ゴスロリメイド服とな……すばらしい。ウタよ、恩に着るぞ」

「ルンちゃんさんの可愛らしさをより一層引き立てますわ!」

「この装備、すごくレア」

「もちろんです。【嘆きの館】と呼ばれるダンジョンのボスドロップで手に入れましたの。【幽霊男爵フォーエンハイム】が、『これを着せたかったんだああああ』って叫ぶので何を落としたかと思えば小さめのメイド服でした。デザインはややゴシックロリィタ調のショートドレスに近いようです」


「くるしゅうないぞ」


「正式名称は【幼き令嬢の日々プリ・モ・ラーラ】です。こんなにヒラヒラしていますが防御+2もあります。鉄製の全身鎧フルプレートアーマーと同じ防御力補正です」


「それはありがたい」

 

「よきよき」

「さあさあ、ルンちゃんさんなら絶対にお似合いです」


 怪しげな笑みを浮かべるメルとニッコニコのウタさんを前に、僕は着替えを始めた。というか、なぜ二人は率先して僕の初期装備を手取り足取り剥がしてゆくんだ?

 

「はい、脱ぎ脱ぎしましょうねー?」

「お兄ちゃんの服、脱がす、興奮」


 おいメル!?

 ゲームではお兄ちゃん禁句って言ったよな!?

 というかお前はさっきも……!


「はい、ここはこうしてー、ヘッドドレスはズレないようにしましょうねー?」

「お兄ちゃん、ちっちゃい、でもおっきい、つねってもいい?」


 どこをつねろうとしてるんですかね!?

 おもむろに胸のあたりに手を伸ばさないでくれますかねメルさん!?

 しかもウタさんはさっきからなぜっ、赤ちゃん相手にするような口調なんですか!?


「ルンちゃんさん……ご立派ですわね」

「つねルーン」

「ひゃっ」


 いやいや待て待て、この状況はなんだろうか?

 今更だけど物凄く恥ずかしくなってきたぞ!?


「ささっ、まずは脇下からしっかり寄せて、整えて……はいっはいっ」

「つんつんっ、ぷにぷにっ」

「あっ……くっ……く、くすぐったい……のである」


「はい、はい、はーい! よくできましたでちゅねー!」

「よくがんばった、えらい」

「う、うむ……」


 どうにか妹を前にして兄の尊厳は保てているはず。

 いや、そう思いたい。

 僕は内心の羞恥心をひた隠しながら、傲岸不遜な態度を貫き通す。

 ……貫き通せているよね?


「はい、仕上げのジュエリーリボンはルンちゃんさんの立派なお角におつけしましょうねー?」

「破壊力抜群、可愛いの極み」



 うたさんとメルは着せ替えの全てを終えると、子供にするみたいに僕の頭をヨシヨシとなでてきた。

 

「……ふん、はしゃぎすぎである……ふ、二人とも見すぎである、ゆえに控えよ」


 二人とも食い入るようにこちらを凝視するので、やっぱり恥ずかしい。


「あっ、私としたことが申し訳ないです……ぶしつけな視線を送ってしまって。ですが、すごく、すーっごくお似合いです!」

「お兄ちゃんのために、在る、服」


「に……、似合ってるだと?」


「ええ! とっても可愛いです!」

「可愛い以外ありえない」


「…………ふむ、くるしゅうない」


 恥ずかしい。

 恥ずかしいけれど……僕を見て、喜んでくれている二人を見て、すごく幸せだった。


 だって……誰かにこんなに『可愛い』って純粋に褒められるなんてさ、嬉しすぎるーん!

 現実では決して手に入れられない『可愛い』を叶えてくれた二人には、感謝の気持ちでいっぱいだった。


 ————可愛いは、友情である。




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