12話 ストーカーのストーカー


「寝ても覚めてもキラッキラー☆ うたたねキラリだよー」


 今日の配信はとても気合いを入れています。

 なぜなら初めて配信で・・・プレイするゲームだからなのです。


:キラリンキラリンキッラキラー!

:うおおおおお『転生オンライン:パンドラ』きたあああ

:同じ事務所の【月乃うさぎ】は公式アンバサダーに選ばれたんだっけ

:このゲームでも暴れてくれるのかあああ


「この日のためにたーっくさんキラキラキラー☆ サイコキラー♪ してキラッ☆」


:しっかりサイコキラーとして練習を積んできたっぽいな

:キラリン最高、サイコキラー!

:永眠! 永眠! うたたね永眠!


「眠いけどがんばったー。【異界の目モノクル】って配信用のアイテムを手に入れるのも苦労したんだー」


 私の視界を通じて【剣闘市オールドナイン】の街並みが配信されるのは、普段のFPS視点と何ら変わりありません。


:ついにこのゲームに手を出したんか

:難易度が相当高いらしいぞ

:え、まさかこのゲームでも歌いながらキルするん?

:さすがに無理やろww


 はい。

 リスナーさんたちの予想を常に裏切ってこそ、本物のアイドルなのです。

 身分【夢魔リリン/リリス】である私が保有するスキルは【転性】。

 今日はいつものリリン男性ではなく、リリス女性姿での配信ですから、スキルも【夢斬り】とは違うのです。

 私は短杖ワンドを構えて、一風変わった詠唱に入ります。


「ねんねんころーりーやー♪ おころりやー♪」


:なぜか子守歌を歌いだしたwww

:どうしたキラリンww

:ちょっとEDM風にアレンジ加えてるリズム感すこ

:おい、待て。なんかプレイヤーがうたた寝ってないか?

:おいおいおいおい、まさかの美声で眠らせた!?

:永眠! 永眠! うたたね永眠!


「キラキラキラー☆ サイコキラー。うたたね永眠、サイコキラー」


 リリン男性では、ナイフで切りつけないとデバフ【うたた寝】を付与できません。ですがリリス女性の場合、歌声の届く範囲内でしたら転生人プレイヤーを眠りに落とせます。

 もちろん魅惑耐性が高ければ失敗しますし、男性リリンの時と比べて近接戦闘スキルが皆無なリスクもあります。

 ただ、今回はどうやら成功のようです。


 あとは明るく元気に、楽しくナイフでリズムを刻んであげましょう。


「ねんねんころりーやー♪ おころりや~♪ ころころころしやーさいこきらー♪」


:うっわーエグいなwww

:鼻歌を交えてドスドス刺してるw

:いつものキラちゃんやwww


:ん? キラリンの視界がまた新たな獲物を捕らえたぞ!?

:お次の餌食は誰だあああ

:銀髪の……美幼女?

:んん? あの子って最近どっかで見かけた気がするな……

:おい! あれって『よめるめる』の妹ちゃんだよ!


 なんてことでしょう。

 こんなタイミングでまさかルンちゃん師匠と遭遇してしまうんだなんて。

 でもでも、これって逆に運命なのではないでしょうか?

 

 いえいえ、冷静になりましょう。

 ここで声をかけても、ルンちゃん師匠は私が『キラ』だとわかりません。今のキャラは女性に転性している『うた』なのですから、困らせてしまうでしょう。

 だから【剣闘市オールドナイン】の路地裏に消えてゆく彼女を、ここは黙って見送りま————。

 黙ってついていきましょう。


 ルンちゃん師匠が普段、何をしているのかちょっとだけ。

 ちょっとだけ、気になルーン! です!



:ん? さすがのキラリンも幼女には手を出さないのか?

:それとも背後からコッソリサクッとキラリンしちゃうとか?

:というかあの子、他にも誰かにあとをつけられてないか?

:ほんとだwwww


 リスナーさんたちのコメントに、思わずルンちゃん師匠の周囲を二度見三度見します。

 するとルンちゃん師匠の後をコソコソつけている人物を発見しました。


:銀髪の姫カット……『よめるめる』本人やんwwww

:何あれw 妹を影で見守る姉ってやつかw

:重度のシスコンだったww

:微笑ましいなw

:ん? 魔法のペンキ? よくわからんけど自分に何か塗ってないか?

:うわ、壁と同化して見えるな!


『よめるめる』さんは、魔法のような筆さばきで自らの身体にペイントを施しました。宙に浮かぶ絵具が次々と彼女を彩り、あっという間に視認しづらい存在となったのです。

 私はそのままルンちゃん師匠のストーカーのストーカーをするのでした。





【剣闘市オールドナイン】にはすっかり夜のとばりが落ちていた。

 しかし、闘技場コロシアムが盛況なこの街では夜になってもあかりは爛々と輝き続けている。なぜなら決して消えない人々の欲望が燻り続けているからだ。


 興奮しながら殺し合いを観戦する者、酒を浴びて泥酔する者、はたまた弱者を明かりの届かない物陰に引きずり、痛ぶる者までいる。


「わー……ひどい惨状であるな……」


 僕は【剣闘市オールドナイン】の様子をつぶさに観察していた。

 なぜなら都市内での良い狩場がないか探していたからだ。


「おいこら! てめえのせいで俺たちは大損だぞ!」

「ちょっとこっちに行こうね~ノンちゃん~」


 そんな折、一人の少女が複数人の男性に恫喝されながら、裏路地に引きずられているところを目撃してしまう。

 僕は不穏な空気、もとい転生人プレイヤーをどさくさに狩れるチャンスだと思い、こっそりと木箱の影に隠れた。


「ノン! お前は闘技場コロシアムで負ける役だったろうが! 何しれっと勝ってんだよ!」

「ノンちゃんは~お詫びにパンツぐらい見せてくれないとだよねえ」

「けっこうな金額を賭けてたからよお。ノンちゃんの連絡先を教えてくれるなら許さないでもないぞー?」


「こんな簡単な八百長やおちょうもできねえのかよ! リアル俺の1000万の愛車で、ひき殺してやってもいいんだぞ?」


「ノンノン! ワタシは言う通りにシヨウトしました。でも、試合中に相手ガ言イマシタ。ノンが転生シタラ、ナリヤたちとニゲル、報酬ハラワナイッテ、ニヤニヤしてたです」


 どうやら話を聞くに、ノンと呼ばれる少女は闘技場コロシアムに出場したらしい。

 そしてナリヤら3人に八百長試合を持ち掛けられたのだろう。試合で負ける代わりに報酬を払うってパターンとか?


「ダカラ、全力で戦イました? ナリヤたちハ約束ヲ破るツモリダッタですか?」


「そんな訳あるか! はあーこの貧乏人が……言われたこともできない粗大ゴミめ!」


 ん?

 少女を責める台詞は、ここ最近どこかで聞いたフレーズだったような?


「ソッカ……ソレナラ、ごめん……ノンが悪カッタ……ナリヤたちのコト、クズだとオモッテました」


 いやいや、明らかにナリヤって人たちは騙しにきてたと思う。

 それでも素直に言い分を信じてしまうのは、ノンという少女が幼いからなのかもしれない。

 キャラの見た目での判断になってしまうが、中学生ぐらいの黒髪ポニーテール美少女で、受け答えからもどこか幼さが垣間見える。

 というか外国人なのだろうか? 日本語に強いナマリが出ている。

 キャラデザもヨーロッパ圏に近い白人みたいな顔立ちだ。


「はぁー……てめえみたいなグズと組んだのが間違いだった。ったく、少しはやる気があるから特別に目をかけてやったらコレだよ」

「でもナリヤはいいじゃん? 少しぐらい仮想金貨がなくなってもさ」

「俺たちにとっては大金でも、ナリヤにとってははした金だもんなあ」

「まあな。俺んち金持ちだからよ?」


「マウント厨のナリヤ……何でもスルカラ許シテください」


 少女はさらっと毒づく時だけ流暢な日本語になっていた。しかし、すぐに許しを請うので言動がチグハグだ。


「……てめえのその態度にも我慢の限界だわ」


 やはりナリヤさんはピキってしまった。


「もういいわ~ノン。てめえはこのPTから抜けろ。俺らに損させた詫びに、今まで稼いだ仮想金貨と武器を全部渡せ! それでチャラにしてやる」

「PT追放ダケはノンノン! 私はココデやってイキタイです!」

「無理~! このPTに無能でやる気のないプレイヤーいらん!」

「ノンノン! ワタシハ誰ヨリもこのゲームを本気でプレイシテます! お金ホシイもん!」

「いいからさっさと詫びの仮想金貨だせ」

「ハラエバPTにイサセテくれるですか?」


 わあ……すごいパワハラ、というかカツアゲ?

 少女はコクリと静かに頷き、ナリヤさんに何かを譲渡する仕草を始めた。


 さすがに見ていられなくなった僕は、いよいよ行動に移そうとして————


「そんな要求、応えなくていい」


 ふと背後を見ると、うちの妹が出現していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る