10話 姉妹の噂
ある瞬間を境に、多くの人々にとって退屈な日々が突如として終わりを迎えた。
電車の吊革に掴まり、通勤に揺れるサラリーマンに衝撃が走る。
学校の昼休みに、ぼーっとスマホをいじっていた高校生にも喜びが駆け抜ける。
自分の部屋だけが、生きられる空間だと信じるニートにすら感動が貫いた。
それは、とある美少女インフルエンサー漫画家による発信で巻き起こった。
『よめるめる、家族と【転生オンライン:パンドラ】を始める! 楽しめるめる!』
そんな発言とともに彼女のSNSにアップされたのは一枚のSS。
そこには『よめるめる』にそっくりな銀髪姫カットの美少女と、同じく銀髪スーパーロングの美幼女が映っていた。
美幼女の頭を愛でるようになでる『よめるめる』。そして恥ずかしそうに頬を染める美幼女。
このツーショットは多くの人々を癒しへと導いた。
『めるめるの発信見たか!?』
『見た。眼が幸せすぎた』
『よめるめるは俺の嫁!』
『メルちゃんにめっちゃ似てるキャラだったな』
『公式アンバサダーだからリアル寄りのキャラデザを組んでもらったとか?』
『可愛いなあああ』
『家族で始めたのも熱いよな。しかも妹とか激熱すぎる』
『ん? ということは妹さんの方もリアルと同じキャラデザなのか……!?』
『ありえるぞ』
『幼女の
『眼福すぎる姉妹やな』
そんな内容がSNSを通して急速に広まりつつあった。
◇
「っておいいいいいいいいいいい!? 僕が妹扱いされてるんだけど!?」
妹のアカウントから発信された内容を皮切りに、パンドラでの僕のキャラは一夜にして注目の的になりつつあった。
「
神妙な面持ちで妹を問い詰めると、芽瑠はけろっとしていた。
「んん……私のSNS、マネージャーさんと共同管理。『兄とパンドラ始める』、発信しようとしたら、『家族』と変更された」
「なぜ?」
「芽瑠は今やアイドルみたいなものだから、男の匂いを少しでも出したらガチ恋が悲しむ。たとえ兄でもNG、だって」
「……そ、そうか」
仕事なら仕方ない。
これまで妹が一心不乱に漫画やインフルエンサーを頑張っていたのを目にしていたので、その積み重ねを壊したくはない。
兄が妹の足を無下にひっぱるわけにはいかない。
「嘘は……ついてないもんな……」
「お兄ちゃん、気になるなら、私、しっかり言う。マネージャーさん、説得する」
「いや、いいんだ」
どうせ僕はパンドラで誰とも親しくなるつもりはないし、フレンドにもならない。だったら芽瑠の妹だと勘違いされていようが、誰とでも一定の距離感を保っていればいいだけだ。
うん、僕がやろうとしていたプレイスタイルになんら支障はない。
「別に問題ないか」
そう伝えて僕は妹に微笑んだ。
すると妹はスマホをいじって、とあるSNSアカウントを見せてきた。
そこには『
時には可愛らしい服が激しく乱れ、綺麗な腹筋などがチラリと見えたりしている。
「『
「身内にそのアカウントを改めて見せられるのは罰ゲームでしかないんだけど」
「お兄ちゃんも、がんばってる。恥ずかしいこと、ない」
「いや……この間もらえた案件だってプロテインだったし、『よめるめる』とは相性が悪いと思う」
「わかった」
妹なりに自分の仕事をフォローしてもらう分、僕の仕事にも協力したいって申し出てくれたんだろうな。
無表情で考えが読めない時もあるけど、今回ばかりはわかりやすい。
そんな出来すぎた妹が、少しだけ楽しそうに一週間後の予定を語りだす。
「もうすぐ、
「楽しみだな。母さんと一緒に行こう」
「うん……!」
どこか誇らしげに頷く妹は、やっぱり頼りがいがある。
僕たちには、もっともっと稼ぎたい理由があった。
◇
「キラ殿、これを見るでござるよ」
同じ闇ギルド【
私がそのURLへなんとなく目を通すと、衝撃的な内容が飛び込んできたのです。
「これって……ルンちゃん師匠だ……」
「どうやら有名人の実妹だったようで。フレンドNGなのも納得でござるな」
「『よめるめる』……あっ、『よみかわ』の作者かな」
たしか
まさかそのお相手の妹がルンちゃん師匠だったなんて、すごい偶然です。
奇跡です。
「ルンちゃん師匠……」
フレンドを解除したとはいえ、私の心の内には未だにあの子のインパクトが強く残っています。
だってすっごく可愛いのに、圧倒的に残酷で……! とっても美しい殺しかたをする姿が、今でも目に焼き付いているのです。
残虐なのに、あの可愛さのままは反則です。
多分、私ができなかったことを……私の望む形で実現しているから、だから気になってしまうのかもしれません。
「やはり逃した獲物は大きかったと後悔しているでござるかあ?」
「いや? むしろ、なんていうか嬉しい」
あのどこか謎めいた少女の正体が少しだけわかった気がして、私はそっと微笑みます。そう、今日の獲物を見つめながら————
「な、なんだ!?」
「ぎゃああああああ!?
闇夜に響く悲鳴にスッとします。
ふと、
ああ、今日もパンドラの夜空に浮かぶ月は綺麗ですね。
ルンちゃん師匠みたいに、身近に目にする光……でも、決して届かない光を見上げているようで————なんだかそんな風に思ってしまう自分がおかしくて。
なんだかルンちゃん師匠に恋焦がれているみたいで、不思議な感覚です。
「————恋愛禁止の事務所にずっといたから、おかしくなっちゃったのでしょうか?」
満月の夜は人を狂わすとよく言いますけれど、ルンちゃんは女の子だから、きっと気のせいなのです。
————だって私の恋愛対象は男性なのですから。
◇◇◇◇
あとがき
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◇◇◇◇
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