10話 姉妹の噂


 ある瞬間を境に、多くの人々にとって退屈な日々が突如として終わりを迎えた。

 電車の吊革に掴まり、通勤に揺れるサラリーマンに衝撃が走る。

 学校の昼休みに、ぼーっとスマホをいじっていた高校生にも喜びが駆け抜ける。

 自分の部屋だけが、生きられる空間だと信じるニートにすら感動が貫いた。


 それは、とある美少女インフルエンサー漫画家による発信で巻き起こった。


『よめるめる、家族と【転生オンライン:パンドラ】を始める! 楽しめるめる!』


 そんな発言とともに彼女のSNSにアップされたのは一枚のSS。

 そこには『よめるめる』にそっくりな銀髪姫カットの美少女と、同じく銀髪スーパーロングの美幼女が映っていた。


 美幼女の頭を愛でるようになでる『よめるめる』。そして恥ずかしそうに頬を染める美幼女。

 このツーショットは多くの人々を癒しへと導いた。



『めるめるの発信見たか!?』

『見た。眼が幸せすぎた』

『よめるめるは俺の嫁!』

『メルちゃんにめっちゃ似てるキャラだったな』

『公式アンバサダーだからリアル寄りのキャラデザを組んでもらったとか?』

『可愛いなあああ』


『家族で始めたのも熱いよな。しかも妹とか激熱すぎる』

『ん? ということは妹さんの方もリアルと同じキャラデザなのか……!?』

『ありえるぞ』

『幼女の魔人ディーマンなんて見たことないもんなあ』

『眼福すぎる姉妹やな』


 そんな内容がSNSを通して急速に広まりつつあった。





「っておいいいいいいいいいいい!? 僕が妹扱いされてるんだけど!?」


 妹のアカウントから発信された内容を皮切りに、パンドラでの僕のキャラは一夜にして注目の的になりつつあった。


芽瑠めるさん、どうしてこのような発信を?」


 神妙な面持ちで妹を問い詰めると、芽瑠はけろっとしていた。


「んん……私のSNS、マネージャーさんと共同管理。『兄とパンドラ始める』、発信しようとしたら、『家族』と変更された」

「なぜ?」


「芽瑠は今やアイドルみたいなものだから、男の匂いを少しでも出したらガチ恋が悲しむ。たとえ兄でもNG、だって」

「……そ、そうか」


 仕事なら仕方ない。

 これまで妹が一心不乱に漫画やインフルエンサーを頑張っていたのを目にしていたので、その積み重ねを壊したくはない。

 兄が妹の足を無下にひっぱるわけにはいかない。


「嘘は……ついてないもんな……」

「お兄ちゃん、気になるなら、私、しっかり言う。マネージャーさん、説得する」

「いや、いいんだ」


 どうせ僕はパンドラで誰とも親しくなるつもりはないし、フレンドにもならない。だったら芽瑠の妹だと勘違いされていようが、誰とでも一定の距離感を保っていればいいだけだ。

 うん、僕がやろうとしていたプレイスタイルになんら支障はない。

 

「別に問題ないか」


 そう伝えて僕は妹に微笑んだ。

 すると妹はスマホをいじって、とあるSNSアカウントを見せてきた。


 そこには『男姫オトヒメ』と名乗るいかつい男子が、フリフリのメイド服を着て様々なポーズをとったスクショがアップされている。

 時には可愛らしい服が激しく乱れ、綺麗な腹筋などがチラリと見えたりしている。


「『男姫オトヒメ』の案件、私、手伝えること、ある?」

「身内にそのアカウントを改めて見せられるのは罰ゲームでしかないんだけど」


「お兄ちゃんも、がんばってる。恥ずかしいこと、ない」

「いや……この間もらえた案件だってプロテインだったし、『よめるめる』とは相性が悪いと思う」


「わかった」


 妹なりに自分の仕事をフォローしてもらう分、僕の仕事にも協力したいって申し出てくれたんだろうな。

 無表情で考えが読めない時もあるけど、今回ばかりはわかりやすい。

 そんな出来すぎた妹が、少しだけ楽しそうに一週間後の予定を語りだす。


「もうすぐ、未来みく、起きる。お見舞い」

「楽しみだな。母さんと一緒に行こう」

「うん……!」


 どこか誇らしげに頷く妹は、やっぱり頼りがいがある。

 僕たちには、もっともっと稼ぎたい理由があった。





「キラ殿、これを見るでござるよ」


 同じ闇ギルド【暗夜あんよ】に所属するサスケさんが、突然URL付きのボイスチャットを送ってきました。

 私がそのURLへなんとなく目を通すと、衝撃的な内容が飛び込んできたのです。


「これって……ルンちゃん師匠だ……」

「どうやら有名人の実妹だったようで。フレンドNGなのも納得でござるな」


「『よめるめる』……あっ、『よみかわ』の作者かな」


 たしか私と同じ事務所・・・・・・・に所属する・・・・・うさぴにも、パンドラでのコラボガチャ案件が来ていると小耳に挟みました。

 まさかそのお相手の妹がルンちゃん師匠だったなんて、すごい偶然です。

 奇跡です。


「ルンちゃん師匠……」


 フレンドを解除したとはいえ、私の心の内には未だにあの子のインパクトが強く残っています。

 だってすっごく可愛いのに、圧倒的に残酷で……! とっても美しい殺しかたをする姿が、今でも目に焼き付いているのです。

 残虐なのに、あの可愛さのままは反則です。


 多分、私ができなかったことを……私の望む形で実現しているから、だから気になってしまうのかもしれません。


「やはり逃した獲物は大きかったと後悔しているでござるかあ?」

「いや? むしろ、なんていうか嬉しい」


 あのどこか謎めいた少女の正体が少しだけわかった気がして、私はそっと微笑みます。そう、今日の獲物を見つめながら————


「な、なんだ!?」

「ぎゃああああああ!? 転生人殺しプレイヤーキラーだ!」


 闇夜に響く悲鳴にスッとします。

 ふと、転生人プレイヤーたちの断末魔に濡れた私を照らす月光に目を細めます。

 ああ、今日もパンドラの夜空に浮かぶ月は綺麗ですね。


 ルンちゃん師匠みたいに、身近に目にする光……でも、決して届かない光を見上げているようで————なんだかそんな風に思ってしまう自分がおかしくて。

 なんだかルンちゃん師匠に恋焦がれているみたいで、不思議な感覚です。



「————恋愛禁止の事務所にずっといたから、おかしくなっちゃったのでしょうか?」


 満月の夜は人を狂わすとよく言いますけれど、ルンちゃんは女の子だから、きっと気のせいなのです。


 ————だって私の恋愛対象は男性なのですから。







◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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