4話 美少女VTuberの中の人


『寝ても覚めてもキラッキラー☆ うたたねキラリだよー』


 私がマイクに向かって声を落とすと、配信画面には数えきれないほどのコメントが流れます。


:うおおおおおウタちゃああああん!

:キラリンの配信きたあああああ!

:今日はどんな歌配信してくれるんだああああ!?

:キラリンの歌声好きすぎる

:ゲームスキルもすごすぎるんよなww

:またキル数がとんでもないことになってるぞw

:殺しまくれええええ

:戦闘しながらBGM代わりに熱唱とかマジでやばいw

:テンションぶちあがる


『今日も眠いよーはい、死んじゃえー。キラキラキラー☆ サイコキラー♪』


:キラリン最高! サイコキラー!

:永眠! 永眠! うたたね永眠!


 今日も私はみんなに求められるがままに歌います

 撃って、キルして、たくさん撃って、キチガイみたいにたくさん歌います。

 最初は銃で敵プレイヤーをキルするゲームも、自分を自由に表現できる歌も好きでした。


 でもいつの間にか、いかに効率の良い動きで立ちまわって、照準を定めるだけの繰り返し作業になっています。

 いつの間にか『みんなが好きな曲』を、『みんなが望む歌声』しか表現しちゃいけなくなっていました。


 いつの間にかキチガイを演じ続ける……自分を押し殺す毎日になっていました。


『はぁー!? うっせえうっせえうっせえわ! あなたが思うより健全です♪』


 それでも敢えて明るい声音で配信し続けるのは、こんな私を応援してくれるたくさんの視聴者さんがいるからです。

 みんなの気持ちに応えたいです。


 私は、私たち・・・の夢を諦めたくないです。


 だから『嫌ならやめればいい』なんて簡単に思えません。

 ここまで来るのに必死だったのですから。


 どうすれば自分だけのオリジナル配信スタイルを確立できるのか、とにかく配信界隈を研究し尽くしました。

 自分にできることとできないことを考え抜いて、理想と現実の折衷案をいくつも出して、配信活動に挑戦した日々。


 それからたまたま……無我夢中で歌いながらプレイヤーをキルしていたら、バズっていました。

 熱唱しながらプレイヤーを殺しまくるサイコキラー。


 私が望んだ『うたたねキラリ』ではないけれど、多くの人に認知されました。

 人気ジャンルのFPSと、自分の歌をBGMにするって発想に辿りついてからは、ゲームも歌も必死で練習し続けました。


 他の歌い手さんにも負けたくなくて、流行りそうな歌は誰よりも早く練習して……MIX編集なしでも生配信で綺麗に歌えるように猛特訓して。

 新しい曲が出るたびに、私はずっとずっと歌い続けています。


 だってそれは、確かに私たち・・が思い描いたキラキラしたアイドルの一部ですから。

 小さな頃から『可愛い』ものが大好きで、自分自身でも『可愛い』を目指したくて。

 でもやっぱり、本当になりたかった自分と、現実の自分へのギャップにもがき続けるしかないのです。

 今はチャンネル登録者120万人の美少女VTuber、『うたたねキラリ』として頑張り続けるしかないのです。

 


 だから、だから————

 こちらでは自由に発散してもいいですか?



「はああー……みんな死なないかなあ……」


 勝手に理想像を押し付けてくる人たちも、勝手に頑張り続ける私自身も……怖くてみんなに本音を言えない自分も。

 みーんな殺してやりたいのです。


 うーうん、本当は誰も殺したくありません。

 ただ、私たち・・はキラキラ輝くアイドルになりたかったのです。

 寝ても覚めても、私たちを思い出して心がキラキラするような、そんなアイドルになりたかったのです。


 だから、ぐちゃぐちゃになった感情を【転生オンライン:パンドラ】でひっそりと発散しています。


 このゲームは現実との性別が不一致なプレイヤーはいない仕様になっています。でも私が転生したキャラは、少し特殊な【身分:夢魔むま】なのです。

 夢魔が習得しているスキル【転性】は、男性キャラと女性キャラを入れ替えて遊ぶことができるし、容姿やキャラ名も別々になります。


 夢魔だからインキュバスだったりサキュバスになれるってことだと思います。

 男性の時は長身痩躯の白金髪イケメンさんに、女性の時は白金髪プラチナブロンドのレイヤーボブな美少女です。

 

 少女のときはモンスターを狩って狩って、自キャラの強化にあてています。

 男性のときは、目の前の転生人プレイヤーが叫ぶようなことばっかりしています。


 いずれはこのゲームでの配信に備えて……キルの練習です。

 私の自由なやり方で、自由に楽しみながらプレイしているつもりでも……結局はこのゲームでも『うたたねキラリ』になっていますね。



「キラキラしている人たちは……影で何倍もキラキラしてないことを積み重ねているのでしょう……」


 そんな風に項垂れていると、【夢魔】の技術パッシブ【看破】が反応しました。

【看破】は幻惑を見破ったり、隠密などのハイド関係にも強いのです。

 夢魔は幻惑や魅惑系のスキルが多いけれど、やっぱりそれらに対する耐性があるのです。


 今もほら、私が転生人プレイヤーを背中からぶっすり刺すのを、木箱の影からこっそり見てる転生人プレイヤーの存在を知らせてくれます。

 


「あれ? あれれー? そこで誰か覗いてるね?」


 のぞき見されるなんて恥ずかしいのです。

 ですので、次の練習相手になっていただいてもよろしいでしょうか。


「そこのきみ、眠ってみる?」


 そんな私の問いにおずおずと姿を現したのは、あまりにも私の予想とはかけ離れた人物でした。

 てっきりむさ苦しい男性かと思っていたら、私たち・・が思い描く『可愛いの究極系』だったのです。


「ほ、ほう……手柔らかに頼む」


 ペコリと可愛らしくお辞儀した彼女は、息を呑むほどの美幼女でした。

 綺麗な銀髪紅眼で、頭には立派な双角がついてまして、私と同じ魔人系ディーマンの身分でしょうか?


「へえ……きみ、とっても可愛いね。俺はキラって言うんだけど、よろしく」


 思わずどこかのナンパ師さんみたいな台詞を吐いてしまいました。

 赤面ものです。


「わ、我はルーンである」


 でもルーンちゃんはしっかりとよいお返事をしてくれます。

 小っちゃな身体で、どこか偉そうに名乗るルーンちゃんはとっても可愛いのです。

 まるで小さな女の子が無理して背伸びをしているような、大物ごっこをする愛くるしさに溢れていたのでした。





「ルーンちゃんは何でこのゲームをしてるの? 何歳? 身分は何? レベルは……4か、初心者だね?」


 さっきまで不穏な空気を出しまくっていたキラさんは、今は別の意味で不穏な空気を出していた。ひっきりなしに僕に質問してくるので、少しだけ戸惑ってしまう。

 まさか初の転生人プレイヤー絡みで、こんな癖の強い人と当たってしまうとは。


「あっ、フレンドになってもいないのにいきなり質問しすぎちゃったか。ごめんごめん、俺って可愛いものを見るとつい夢中になっちゃってさあ」


 いさぎよすぎる変態台詞だった。

 でも可愛いが好きなのは僕も同じだから、少しだけ親近感がわく。

 ただ先ほど転生人プレイヤーをキルしてからの危うい発言を考慮すると、あまり関わってはいけない相手に思えた。


:キラLv17よりフレンド申請が届いてます:

:受諾しますか?:


 うわあ。

 ここで断ったらめんどうなことになりそうだから、とりあえずは受諾。


「フレンドになってくれてありがとう。そうだ、ルーンちゃんがよかったら色々レクチャーさせてよ」


 ふむむむ。

 確か妹から聞いた話では、【転生オンライン:パンドラ】の現転生人プレイヤーの最高レベルは20。

 それを考えるとキラさんはかなりの高レベル帯と言える。


 そんな彼から色々レクチャーしてもらえるのはお得な反面、高レベルなのに初期都市でプレイヤー狩りをしている闇深さを感じる。

 端的に言えばレベル差を活かしてのプレイヤーキルを楽しんでいたのだろう。

 

 それでも僕は彼としばらく行動を共にしようと思った。

 なぜなら彼のそばにいれば、より効率的な転生人プレイヤー狩りをこの目で見れそうだったからだ。


「キラがよいのなら、よろしく頼む」

「そうこなくっちゃ! じゃあまずは何か聞きたいことある?」


「うむ。この辺りで強くて有名な転生人プレイヤーはいるのか? それに転生人プレイヤーの強さの評価基準も知りたいところよな」


 ここに来たのは魔王軍としての敵情視察が目的だ。

 警戒すべき相手と、何をって強いのかを知る必要がある。


「へえ……可愛い見た目によらず、けっこう好戦的なのかな? いいね、そういうのは好きだよ」


「可愛いは強い、であるからな」


 キラさんは綺麗な笑みを浮かべた後に説明してくれる。


「まず【剣闘市オールドナイン】で有名な転生人プレイヤーといえば、剣闘士として負け知らずの『剣砕きブレイカー』と『絶姫エクシス』、それに『双槍そうそうのヴェルバイン』。あとは『金海の主人ゴールドマローネゴチデス』や『神殿騎士イェントリコンゴウ』かな?」


「『神殿騎士イェントリ』とな……?」


「うん。身分が『黄金教』関係の転生人プレイヤーしか所属できないギルドみたいなものかなあ」


 なるほど。

 何も徒党を組むのはモンスターだけじゃないと。

 転生人プレイヤー側も組織で行動できるのをすっかり失念していた。


「ほう……ギルドは他にも存在するのか?」


「うーん、ここでは数えるほどしかないと思うよ? 剣闘士が集まる【闘士会】とか、あぁ……俺が所属している闇ギルドも知りたい?」


 知ったらどうなるのか、その顔にひどく猟奇的な笑みを深く刻んだ彼が全てを物語っていた。

 おそらく何らかの代償を求められそうだ。


「よい……では転生人プレイヤーの強さの基準を知りたい。やはりレベルであるか?」


「うーん。レベルは一つの評価基準かもしれないけど、そうとも限らないんだ」


「というと?」


「知っての通りLvが1上がるとステータスポイントも1もらえるでしょ? ステータスを上げられるのは特殊な技術パッシブを除いて発見されてないから、レベルは確かに強さの指標だろうね。でも記憶量が多ければ、スキルLvも上げられるよね? その辺はレベルが低くても、多くのスキルを使えたりとか色々あるんだ」


「確かに……ん、待つのだ。レベルが1上がっても、ステータスポイントはたったの1しかもらえないのであるか?」


 僕は10ポイントももらってる。

 シンプルに転生人プレイヤーの10倍!?


「んん? その言いぶりだとルーンちゃんは違うのかな?」

「ほっ、ほむ……いやなに、永遠に1しか上がらないのかとな……キラはLv17であろう。ゆえに高レベルともなれば、もらえるステータスポイントも増えるのかと思考したまでよ」


 今のは苦しかったか?

 なんとなくバレたら大事になりそうなので、とっさにそれらしい考察を言ってみる。


「そんなことはないかな。だからステータスポイントってすごく貴重なんだよ」

「そうであるか……」


 単純計算だとキラさんはLv17で、ステータス強化は合計17ポイント。

 対する僕はLv4で40ポイント……Lv40の強さを誇ってるわけだ。


 だてに身分『幼女魔王』をしてない……というかチートすぎないか……?

 でも、魔王のくせにLv1のときは他の転生人プレイヤーとほとんど変わらないステータスだったから、そういうのも含めて成長途上の魔王ってこと?


「ルーンちゃんは強さとか戦いに興味があるのかな?」

「無論ある」


 主に転生人プレイヤーの戦い方が。

 そしてキラさんのプレイヤー狩りの方法も。


「それはモンスター相手の? それとも俺がさっきやってたみたいなやつ?」


 面白そうに聞いてくる彼に俺はとりあえず本音で答えてみる。


「両方よな」


「へえ……やっぱりルーンちゃんって面白いね。いいよ、見せてあげる」


 こうして僕はキラさんに【剣闘市オールドナイン】の外に連れていってもらった。





転生人プレイヤー紹介


キャラ名:うた/キラ

身分:夢魔リリス/リリン

金貨:120枚


Lv :Lv17

記憶:25  


命値いのち:7 信仰MP:8

力 :5 色力いりょく:8

防御:4 敏捷:8


【スキル】

〈転性Lv3〉……???

〈眠り歌Lv5〉(リリス状態の時のみ使用可能)……???

〈夢斬りLv7〉(リリン状態の時のみ使用可能)……???


技術パッシブスキル】

〈看破Lv3〉……魅了や幻惑、隠密系への耐性補正、対象を補足しやすくなる。

        また、相手が使用中のスキル系統を見破りやすくなる。

〈魅惑Lv3〉……魅了系のスキル効果に補正が入る

〈幻惑Lv4〉……幻惑系のスキル効果に補正が入る


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