2話 美少女になったら人生イージーモード

 

 2035年現在、日本にはいくつかの居住区層に分けられている。

 そのうちの一つが【浮遊層ふゆうそう】である。

 そこは莫大な富と権力を持つ者のみが住まう地区であり、その頂点に座す人物は『金貨のきみ』と呼ばれていた。

 そんな彼がある日、たわむれにこう言った。


「特別なVRゲームを作ってみよう」


 そのゲームは現実のあらゆるものを取引きできる画期的なシステムが導入されていた。ゲーム内で稼いだ【仮想金貨】電子マネーを使えば、現実で買い物ができたり、人間の感情・・身体部位・・・・などの臓器売買も行える。


「このゲームからは際限なく人間の欲望が生まれる。莫大の富を無限に築ける可能性だってある。だからゲームを極めれば、私のような『金貨の君』になれるかもね?」


 世間が沸いた。

 浮遊層は享楽的に、地上層は副収入のチャンスに。

 そして地下層の人々でさえも、一攫千金と一発逆転に。


 人々はこのゲームに夢見て、自らの寿命時間と感情と命を賭けて、【仮想金貨】稼ぎに邁進するのだった。


 そのゲームの名は【転生オンライン:パンドラ】。

 現実に絶望し、生きながら死んでる人々亡者にとって、来世こそはと希望を叶える理想郷……なのかもしれない。


 金の亡者がこじ開けるのは金貨の詰まった宝箱か————

 それともあるいはパンドラの箱なのか————





「んん、此度こたびは各々自由にヤればよい」


 僕は転生人プレイヤーへの殺気を高める三魔将に対して、スタンドプレーを命じた。

 というのも三魔将が直接手を下すと、転生人プレイヤーをキルしても僕に仮想金貨がドロップしないからだ。


 そしてなにより、僕も一人のプレイヤーとして転生人たちの輪に入って動向を伺いたかった。

 例えばどこの狩場に転生人プレイヤーが集まりやすいのか、こちらが警戒すべき強者は誰か、仮想金貨をため込んでいる連中はいるのか、魔王軍として有益な情報を仕入れたいと思っている。

 

「魔王様の御心のままに」

「わっかりましたー! たっくさん食べるがうー!」

「オオクノアンデットをマオウサマにケンジョウイタシマス」


 三魔将からの承認を得たところで、僕は魔王としてのスキルを発動する。


「【転位の版図はんと】————」


 目の前には地図が浮かびあがり、僕が転移できる地点がぽわっと光る。

 このスキルは一度でも自分の訪れた街や都市なら、一瞬で転移できる優れもの。

 しかし現時点で僕が赴いた都市なんて一つもないし、なんなら地図の大半が未踏破エリアで靄がかかっている。それでも淡く光る点があるのは、全プレイヤー共通の初期都市を示しているに他ならない。


「転移が可能な都市は……ふむ、が赴くにふさわしい場はどこか。それぞれの意見を述べてみよ」


「魔王様の武を示すにもってこいなー、【剣闘市オールドナイン】がうー!」


「【世界樹の試験管リュンクス】や【古き箱庭ミケランジェロ】はいかがでしょうか? 魔王様の発想力に及びはせずとも楽しめるかと」


「【創造の地平船ガリレオ】、【黄金郷リンネ】……ドチラモ魔王サマノ叡智ト信仰ニ、ヒレ伏スベキデス」



 この世界では人間の生活圏はごくわずかで、そのほとんどは魔物たちが跋扈する滅びの地になっている。

 それでも人間たちが生を営める場所を【黄金領域】と呼び、【黄金の女神リンネ】の加護を得た転生人プレイヤーたちは、日々【黄金領域】の拡大を目指している。


 そんな【黄金領域】の中でも五大黄金領域と呼ばれる場所がある。

 人々に残された最後の五大都市、いわゆるゲームの初期都市ってやつだ。

 

「血なまぐさそうな町がよい。混乱に乗じて転生人プレイヤーをキルしやすいだろうな……転位、【剣闘市オールドナイン】」


「「「いってらっしゃいませ!」」」


 三魔将の見送りのもと【剣闘市オールドナイン】へ一瞬で転移すれば、湖に囲まれた古都が視界に広がった。


「ほう……初めて人間たちが生息できる【黄金領域】に来たが、これはなかなか風情がある」


 くすんだ石が積み重なって作られた街並みは、まさにファンタジーな光景だ。

 ひび割れた建物や朽ちた門など、街全体がだいぶ年季を感じさせる退廃的な雰囲気を漂わせていてとてもワクワクする。


「ほう、大きな水路が町中にあると。ほう、小舟ゴンドラでも移動できると」


 石作りの建築群の隙間を縫うように、至る所に深い水路が流れている。それは街に根付いた木の枝のように広がり、転生人プレイヤーの移動手段になっているようだ。

 なんとなく近くの水路を覗き込んでみれば、なんと水中にも建物は続いていた。


「ほあー……もしや街全体が水の中に半分ほど沈んでいる?」


 よくよく観察すれば建物はどれも二階部分であり、一階に相当する高さは例外なく水中にあった。そして水草や苔などが生えているけれど、沈んでいる建物は全て真っ白な石で作られている。

 この街の石壁が元々白い物だったのか、それともこの水に何らかの効能があって白く染まったのかは定かではない。


 この都市の沈没部分には何が眠り、過去に何が眠っているのかとつい思い馳せてしまう。

 なんとも風変りな街である。


「だが一番変わってるといえば、あの剣よな」


 そして何より目を惹かれるのは巨大な剣がいくつも街中に突き立っていることだ。最初は小さな塔かと思ったけど、よくよく見れば7メートル以上の錆び付いた剣なのだ。

 つばの上に木造の建物があったり、鍔の端で人が座りながら水路へ釣り糸を垂らしていたりなど、ファンタジーな風景に胸が躍る。



「……これはみなが……【六芒星】のメンバーが騒ぐのも頷ける……」


 中学時代、夢中になって遊んだ別のネトゲ。その時パーティーを組んでいた仲間たちを思い出してしまう。

 彼ら彼女らは、今もここで冒険しているのだろうか?


 メンバーの一人でもある妹からは、ふわっと『【転生オンライン】はすごい!』って騒いでるとは聞いたけど、今の僕はみんなと連絡を取っていない。



「あの時、【六芒星】のオフ会に参加していれば……何か変わってたやもしれぬ、か……」


 会いたいけど、会えない。

 そんな感じだ。


「ん? あの子って角が生えてるから、身分『魔人ディーマン』か?」

「うわ、珍しいな! しかもすごく可愛い……」

「っていうか……幼いのにめっちゃエロい体つきしてね?」


「確かに……あんなキャラクリできる身分ってあるんか?」

「レア身分だろうなーいいなあー、あーやばい。俺、ブチおか〇たい」

「おまえロリコンだもんなー」

「まあアレはロリコンじゃなくても反応するだろ」


 かつての友人たちを思い出していると、まとわりつくような視線を感じた。

 チラリとそちらを見れば、3人の転生人プレイヤーが僕の方を見ながらヒソヒソしているのに気付く。

 

 なんだか物騒な雰囲気だなあ……早々に転生人プレイヤーと揉めるつもりはないから、ここは穏便に離脱するべきかな?


「【剣闘市オールドナイン】の名物といえば、闘技場コロシアムか。ふむ、手早く観光を済ませてしまおう」


「よっ、お嬢ちゃん」

「一人で何してんの?」

「俺らと遊ばない?」


 しかし、三人の転生人プレイヤーは思った以上に素早い動きで僕の進行方向を塞いでくる。

 

「この辺はわりと治安がよくないよ? もう日も沈んだしなあ?」

「夜に一人でいるより、俺らといた方がいいんじゃないか?」

「この街は気性が荒い奴ばっかりだから」


 ちなみに【転生オンライン:パンドラ】はPvPもできる。

 勝利した側が何かを得られるわけじゃないけど、キルされた側はレベルが半分以下での身分転生だからたまったものじゃない。


「モンスターだって出ちゃうかもしれないぜ?」

「ほら、そこの草むらから【亡者】がウギャーって襲ってきたりするかも?」


 冒険者が指さしたのは街の一角にある白い草の茂みだ。

 路地裏に面した空き地のようで、人気ひとけが異様にない。

【黄金領域】は基本的に魔物モンスターが発生しないはずだが、ごくまれにモンスタースポットが存在しているようだ。


「ほ、ほう……【黄金領域】でも魔物は出現させられ、出現するのか?」


 今更だけど【身分/幼女魔王】のデメリットは偉そうな口調だ。

 こういう転生人プレイヤー間のコミュニケーションでは、あらぬ誤解を招きかねない。

 というより、ちょっと恥ずかしくなってきた!


「うわ……声も可愛いな……だけどなんでそんなに偉ぶった口調?」

「そーそーこの辺は危険だよー? でっかい態度も小っちゃくなっちゃうぞー?」

「俺たちのこわーいモンスターはでっかくなるけどな!? おら、ちょっとこっちこい!」


「ふむっ!?」


 僕を強引に路地裏の暗がりに引っ張り込もうとする輩たち。


「……!」


 驚いた僕はとっさに身体が反応し、先程の白い草々が生えている空き地に飛び込んだ。

 それからすぐに彼らが言っていたことが本当なのか確かめる。

 ここは本当にモンスタースポット?

 

「お嬢ちゃーん、隠れても無駄だぞー?」

「こんな所に飛び込んでもすぐ見つけちゃうよ」

「茂みに隠れてのプレイを御所望かな? エロいスクショを撮りまくろうね~!」


 彼らはわざと恐怖を煽るようにゆっくりと迫ってくる。

 僕をキルするのが目的なのか、悪ふざけなのか定かじゃない。

 ただ男の人に、こんな風に襲われそうになるなんて夢にも思ってなかったから……少し動揺したけど、周囲に魔物の気配を感じられて安堵する。


『カタッ』


 僕のすぐ頭の横で何かが動く。

 そちらに視線を向けると、心臓が飛び出そうになった。

 どうにか口元を両手で塞いで悲鳴を抑える。


「ひぐっ」


『カタカタッ』


 地面からぽっこりと出たしかばねの顔が、僕を覗いていたのだ。

 見た目がすごくグロテスクすぎて、ちょっとチビりそうになった。

 でもやっぱり、その屍からは敵意が感じられない。

 むしろなんてゆうか……友愛? いや、崇敬? の念を飛ばされているようだ。


 よくよく屍さんを凝視してみると、彼についての情報がずらーッと出てきたりする。

 ひとまずそれらを流し読みして、極小の声で『助けよ』とお願いしてみる。

 するとやっぱり屍さんは『カタカタッ』と顎を鳴らしながらコクコクと頷いて地中に潜っていった。


「あっ、見っけ~! そんなところに隠れても無駄だぞー!」

「あー、もうめんどいわ! さっさとその装備脱げや!」

「俺らと一緒にSS撮って遊ぶかーキルされるかー選ばせてやるよー?」


 ついに男たちに見つかってしまった。

 けれど草むらの影に乗じて蠢く存在が、彼らを横合いから襲う。

 

 うわっ!?

 かじった!?


「さーってお嬢ちゃんのきょにゅッヴッ!?」

「ギャッ!? な、なんだ!? 【亡者】だと!?」

「どっどうしてこんな大量に出て来やがった!?」


 それからは一方的な蹂躙劇だった。

 間近で人間三人が大量の屍にかじり尽くされる様はかなりホラーすぎた。

 あまりの凄惨さんに、グロテスク表現をOFにしようか迷ってしまう。


「あっ……だずげ……で……」

「じ、じにだぐないっ……がっ……」

「だめ込んだ金貨がっ……いっ……うぅ……」


 彼らは助けを求めながらも、血だらけになってくぐもった悲鳴を散らす。そして数秒後には物言わぬ死骸となり、しかばねたちの仲間入りをしてしまった。

 臓物をまき散らしてピクリとも動かない彼らだった物・・・・を見て————

 

:ヤマシタLv2 キル → Lv1で転生  金貨20枚を取得:

:モロハLv3 キル → Lv1で転生 金貨50枚を取得:

力男りきおくんLv4 キル → Lv2で転生 金貨70枚を取得:



「可愛いは……危険である!」


 僕は満面の笑みを浮かべてしまう。

 彼らは可愛い僕にほいほい釣られて、簡単にキルされてしまった。しかも一気に金貨140枚もゲットできてしまった!


「やはり美少女とは、人生ヌルゲーすぎるううう……!」



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