仮想金貨とVRMMO~幼女魔王のぼく、魔物にちやほやされてたら、なぜかプレイヤーも信者になってました~

星屑ぽんぽん

1話 カクシゴト


 誰もが何かを隠して生きている。 


 平然と仕事に出勤するサラリーマンも、裏では若い女性とのパパ活に沼っている。

 澄ました顔でスマホをいじる女子高生はもう一カ月も家に帰っていない。

 推しに貢ぐために身体を売って、需要と供給を満たすのに必死だ。


 押さえつけられた自分の欲望を、どうにか満たしながら——

 自分を削りながら、そして何かに救いを求めながら生きている。


 そしてそれは僕も同じで————



「授業だるかったわー。なあ姫路ひめじー、この後カラオケいかね?」


 気さくに話しかけてくるクラスメイトは僕の本当の顔を知らない。

 きっと彼もそれなりに秘められた何かがあるのだろうけど、僕ほどごうが深くはないだろう。彼は素直だから。


「可愛いで有名な宇佐美うさみ先輩もくるぜ? 俺たちラッキーすぎだろ」


 ほら、彼は自分の下心を素直に話してくれる。

 そんな気のいいクラスメイトの誘いを断るのは心苦しいけれど、それなりに正当な理由があった。


「ごめん。今日は彼女・・と約束しててさ」


「はー彼女持ちはこれだからノリ悪いわー。お前ぐらいの顔なら彼女なんざ作らなくても女子を抱き放題だろ。何でわざわざ彼女つくるかねー」


「ははは。これでけっこう楽しかったりするんだよ」


 僕は三カ月前に付き合い始めた彼女を理由に、友人の誘いを断った。

 それから彼女と待ち合わせのカフェに行けばすでに彼女は到着していた。


真央まおおそーい……」

「ごめんごめん」

 

 少しだけ機嫌が悪そうな彼女に謝って席につく。それから適当におしゃれっぽい何かを注文した。


真央まおには悪いんだけど別れたいかな」

「……どうして? 何かした?」

 

 彼女からの唐突な切り出しにほんの少しだけ動揺してしまう。


「んー、他に好きな人ができたっていうか……」

「……そっか。どんな人?」


「T大の大学生なんだあ」

「それは優秀だね」


「そうなの。将来有望で、しかも彼って実家もすごく太いの! この間なんか1000万円の車に乗せてもらったの! やっぱり世の中、安泰とお金よね。玉の輿っていうか」

「あー……」


 彼女のこういう現実的で正直なところが好きで付き合ったけど、お金かあ……。

 今までのデート代は全部ぼくが出していたし、なるべく彼女が金銭面で負担にならないようなお付き合いをしていたつもりだったけど、彼女が求めているのはそういうレベルのお話じゃない。


 見目麗しい彼女のことだ。

 きっとT大の大学生さんとも上手くいってるのだろう。


「そっか……それなら仕方ないね」


「ビジュアルはたしかに真央まおの方が好みだけどね? 身長も195cmとかバカみたいに高くて、顔もすごく整ってるし? でもやっぱり将来を考えると、私は専業主婦になりたいの。お母さんみたいにパートであくせく働き続けるなんてごめんよ」


 高一の女子がすでに将来の寄生相手を値踏みするなんて、世知辛い世の中だ。

 それを諦めの境地で聞いている僕も僕だけど。


真央まおって片親でしょ? その辺も不安定だしね?」

「あははは……たしかに相続する遺産とかはないかもね」


 それから彼女とは穏やかな時間を過ごして別れた。

 僕は何も考えないように一人で帰路につく。

 押し寄せる虚無感とか無力感とか、全ては幻なのだと言い聞かせる。そうやって鈍感になったフリをして、仕方がないんだと自分を納得させようとしても……抉られた傷跡はじわじわと痛む。


 そんな現実から逃げ込むように帰宅し、そそくさと自室にこもる。

 まずは無我夢中になって筋トレをこなす。


「フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンッ!」


 そしてクローゼットに隠していた女性物・・・の服に着替え、ウィッグを被りメイクを終えて姿見の前に立つ。


「可愛いは努力……!」


 と、言いたいところだけど実際は運もそれなりにあると思う。


「可愛いは幸運……だいぶ身体を絞ったのに……やっぱりどんなに工夫しても可愛くない、か」


 顔だけならまあ美少女に見えなくもない。

 でも姿見に映ってるのは、イカつすぎるゴシックロリィタ服の女装巨漢。

 フリフリの服でもごまかしきれない骨格の太さが、如実に『似合っていない』『変態』の2ワードを想起させる。

 もはや存在がネタな僕は、記録用に・・・・様々なポージングで自撮りをしていく。


「どうして僕は……可愛くなれないんだ……!」


 可愛い彼女を見習って、彼女はどうやって自分の可愛さを磨いているのかも研究した。

 ネットでも雑誌でもメイク動画もくまなく見漁って、自分にできる範囲の努力はしてきたつもりだ。それでも僕は、僕が大好きな『可愛い』とはほど遠い姿にしかなれない。


 これが僕の秘密。

 友人の誰にも言えない『好き』だ。

 小さな頃から可愛いものが大好きで、可愛いものになりたくて憧れていた。

 でも理想とはかけ離れた自分の姿に落胆する日々を送っている。



「……可愛いははかない……」


 大きな虚無感と、そして淡い希望を抱いて。

 僕は女装姿のまま、今日もVRオンラインゲームへとログインする。


「魔王様。お戻りになられましたか」

「やっぱー魔王様わあ、今日もとびっきりお可愛らしい・・・・・・がうー」

「マオウサマ、バンザイ……!」


 ゲームの世界へログインすると、即座に心地よい台詞で僕を褒め称えてくれたのは3人の忠実なNPCだ。

 

 執事服をピシッと着こなし、背から純白と漆黒の翼を生やした美男、【堕天使ルシフェル】。

 健康的な褐色肌を惜しげもなく露出したビキニアーマーの金髪少女、【獅子姫レオーネ】。

 漆黒を纏う夜の支配者にして、異形の不死者【千夜の語りリッチー】。


 錚々そうそうたる顔ぶれが、立派な玉座の間で恭しくかしずいている。ちやほやしてくれる。


「ふむ……」


 僕はそんな3人に向かって偉そう頷く。

 というかこのキャラは・・・・・偉そうにしか・・・・・・喋れない。


 現実の僕とはかけ離れた愛くるしい声が喉から出るのに歓喜しつつ、周囲を仰々しく見渡す。


 荘厳な玉座の間に敷き詰められた黒大理石は、磨きに磨き抜かれていて、燭台で揺らめく炎すらも映しだす。さらに刺々しくそびえ立つ七つの水晶柱が、三人の姿を鏡のように反射していた。

 そしてそれは、玉座から腰を上げて3人へと歩み寄る僕の姿も捉えている。

 

 頭に立派な角を生やす銀髪紅眼の華奢な美幼女が、テクテクと歩いている。

 月光のごとく輝く銀髪をなびかせ、女神と見まがうほどの愛らしい顔が微笑んでいた。


 ああ……何度見ても最高だ。

 これこそ、僕が夢見ていた可愛いの至高。いや、本音を言えばもう少し成長してればとか、現実の僕と同い年ぐらいの美少女になりたかったけれど、それはもう別にいい。

 だってリアル男の僕が、こんなにも『可愛い』が詰まったキャラになれたのだから文句は言えない!



「可愛いは寛容かんようであるな……!」


 僕がプレイしているVRゲームは【転生オンライン:パンドラ】といって、物凄く流行っている。

 特に話題になっている特徴は2つだ。



「確認だが、このゲームで死すとは転生するのであろうか」


「恐レナガラ魔王様、サヨウデゴザイマス」

「ゲーム内で死ぬとー、別人に転生してしまうがうー」

「転生すると死んだ時点から、レベルが半分以下になります。その他、財産も含めてリセットされます」


 一つ目の特徴はこの鬼畜システムだ。

 ただでさえ『死にゲー』と言われるぐらいには難易度が高かったりするのに、手塩にかけて育ててきた自分のキャラ、装備、アイテム、財産全てを失ってやり直しとか、はっきり言ってクソゲーすぎる。


「これも確認だが、稼いだ金貨の使い道を問いたい」


「仮想金貨ハ現実ノ円リアルマネーニ換金デキマス」

「レベル上げとかースキルの強化にも消費するがうねー」

「装備やアイテムなどの売買にも多用いたします」


 鬼畜システムなのにも拘わらず、日々プレイヤーが増え続けている理由は、ゲーム内で稼いだ【仮想金貨】をリアルマネーに換金できるからだ。

 このゲームではモンスターを倒すと、稀に【仮想金貨】が手に入る。それら仮想金貨を投じて自キャラのレベルを上げたり、装備やアイテムなどの売買ができる。

 

 もちろん強力なモンスターであればあるほど倒した時の報酬額も上がるため、多くのプレイヤーはゲーム内で稼いだ【仮想金貨】を自キャラ強化に費やす。


 まだ見ぬ強敵、謎多き世界、【黄金領域】の解放などなど……転生人プレイヤーたちは様々なロマンを、パンドラに夢見て冒険の日々を過ごす。


 そしていつかはゲームで大儲けしたい。

 だからもうちょっと自キャラを強化して、効率のいい狩場を見つけてから、リアルマネーに換金しよう。もう少し未知の世界を踏破してから————


 そして未知との遭遇で不意に命を落とし、転生してしまう。

 なんてのはよくある話だ。


 だからこそ別のゲームと比べ、モンスターとの一戦一戦が手に汗握る戦いとなる。

 誰もが必死で、本気になりすぎる。

 ようは一度その興奮と緊張感、そして悔しさと達成感を味わってしまったら、やみつきになってしまうのだ。

 

 さてそんな【転生オンライン:パンドラ】には【身分】というシステムがあって、【身分】によって習得するスキルラインが変わってくる。もちろん【身分】は積み重ねた実績で変化したり、とある条件をクリアすると変更できたりもする。


 もちろん死んでしまえば、【身分】が以前とは違うキャラに転生する。

 中にはレア身分と呼ばれる【吸血姫】や、【魔法貴族】などの存在もささやかれている。


「我ら三魔将は魔王様の御心にどこまでも付き従います。して、今宵はいかがなさいますか? やはり人間共プレイヤーの殲滅でしょうか?」

「魔王様! やっぱりー、生きたまま喰らうのがいいと思うがう!」

「アンデットにシマショウ。ソシテ、マオウサマのグンゼイにクワエルノデス」


 そして僕の【身分】は、おそらくまだ誰も発見したことのない超レア身分……【幼女魔王】だ。

 そう、幼女魔王。


 バカみたいだけど、僕にとってはこの上なく可愛いを体現できる身分を引き当てたのだ。

 だからこそ三魔将の問いが如何に残酷で、多くの転生人プレイヤーにとって無慈悲であろうと、自然と笑みは深まる。


「魔王様……今宵はどのように人間共プレイヤーを虐殺いたしますか?」


 幼くも愛くるしい容姿で、今日も僕は転生人プレイヤーを虐殺して回る。

 だってそれが僕にとって一番、金貨おかねを効率よく稼ぐ手段だから。


「可愛いは……残酷である!」





◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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