第二章 1ゾントハイムの手紙

 深淵。その言葉これほどにまで似合うことはなかった。泉に沈んだ時、アデラードは息ができた。そして目も見えたし耳も聞こえた。

「死にたい、、、」

「助けて、、、」

「右だな!」

「左だろ!」

「この黄色人種が!!」

 様々な人々の悲痛な叫び。そして非難の声。まるで人間の負の感情が一度に爆発したかのように様々な場面が目に飛び込み、そして音が聞こえた。そんな中、東洋の男がアデラードの腕を引っ張り

「こっちだ。」

と言ってもっと奥に引き込んだ。

 『底』いや、ソコと言うべきか。そこに着いたとき、アデレードは固い床を感じた。辺りを見渡すとそこは誰かの一室だった。ただ周りには膨大な新聞や論文のスクラップの山と資料、本が積もり積もっていた。

 部屋の持ち主が扉を開けて入ってくる。その男はどうやら物理学者らしい。彼が持ってきた封筒を開けると、

『拝啓、ゾントハイム様。

 貴殿のご活躍とその素晴らしい研究。まさしく貴方こそ今人類の中で一番賢い人物だと我々国際連邦政府は判断いたしました。

 我々の依頼ですが、以下のとおりです。

人間にとって最も大事だと思われる問題をとりあげ、一番意見を交換したい相手と書簡を交わしてください。

敬具 国際連邦政府事務次官 アイリーン ステン』

その封筒にはもう一つ。切手が入っていた。

 アデレードは、東洋の男に

「こんな人の部屋に勝手にお邪魔してて良いの?」

と言う。東洋の男は

「ここは泉。この世界の記憶と記録が眠っているのさ。だから、これはあくまで記録に過ぎない。ここで何をしようが、『彼』はみることも聞くこともできないさ。」

と言う。アデラードは何か言おうとしたが、東洋の男が黙って見ていようというので大人しくそうした。

 ゾントハイムという男はもう老人であるが、それでも世界一、いや、人類一の素晴らしい物理学者である。彼の頭の中で今、人間にとって最も大切な問題。それを考えている。ゾントハイムは、恒星のエネルギーを人工的に作れるようにした人物であった。そして、その力でこの世界そのものを書き換えてしまった。それを彼自身、とても悔やんでいるのだ。

 彼は、何故人間は戦争をやめられないのか?それをテーマに心理学者のジークエンスという天才に書簡を送ることにした。ゾントハイムは宇宙の真理は数学的に理解できても、人間というものがまだ理解できなかった。

『拝啓、J.D.ジークエンス様へ、。

お話は聞いたかと思いますので、挨拶は省略させていただき早速本題へ移らさせていただきます。

 私は、数学によってさまざまなメカニズムを発見してきました。しかし、人間というものは数式でははかりかねない存在であるため、人間のプロであるジークエンス氏にこの問いを問うたいのです。

「何故、人間は戦争をやめられないのか。そしてどうすればやめられるのか?」

お返事お待ちしております。

敬具。A.S.ゾントハイム。』

 ゾントハイムはそう手紙を書き、秘書を呼び言った。

「ポストに入れてきてくれんか?」

すると、ゾントハイムの部屋の中の光景や全てのものが渦となって真っ暗になり消えた。


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