2.ハルメア王国と魔法の話

第69話

「おばあちゃん……」

 あたしは若いおばあちゃんが消えた方をしばらく見ていた。


「しずく」

 コタくんが隣に来て、あたしの手を握った。

「フェルナン王子に思いを寄せていた菊枝だな、今のは」

 いつの間にか来ていたルチルが言った。

「魔女先生」

「ハルメアは魔法の国だから、時間が遡ったりすることもあるさ」

「ハルメアって、不思議な場所ですよね」

 コタくんが言った。

「そうだな、不思議な場所かもしれない。だけど、ハルメアは――ハルメア王国は、みんなの思いで支えられているんだよ」

 アレク王子が静かな笑みを浮かべていた。



 ハルメアは、エバーグリーンの森の国。サンフラワーの咲き誇る緑と花と魔法の国。


 あたしは、スター・ルビーの力でハルメアに行く。

 だけど、本当は思いの強さが何よりもだいじ。

 ハルメアに行きたいという、思い。

 ハルメアは確かに存在する。

 ハルメアがハルメアとして存在し得るのは、実は人々の強い思いがあってこそ。

 不思議を信じる気持ち。魔法を信じる気持ち。お伽噺に憧れる気持ち。

 或いは、魔女になりたいと思う気持ち。王子さまに会いたいと思う気持ち。人外のものに焦がれる気持ち。


 あの木のうろには何があるだろう? 覗いてみたら、不思議の国に行きつくかもしれない。洋服ダンスの扉を開けたら、魔女がいる世界に繋がっているかもしれない。花畑を抜けて行ったら、王子さまに会えるかもしれない。


 小鳥が鳴いている。なんだか、おしゃべりしているみたいだ。

 歩いている猫と目があった。猫は何かを訴えているんじゃないだろうか。

 あの梅の実のが転がった先には何があろうだろうか。

 アリと話し蝶と遊び、リスと鬼ごっこをする。

 妖精を見ることが出来る目。

 魔女の呪文を聞き取れる耳。



「ハルメアはそういう思いに支えられた王国なんだ。子どもならば誰でももっている力。でも、大人になると忘れてしまう。――菊枝は、とても稀な存在なんだ。ずっと、忘れなかった。その上、ハルメアに来なくなっても、自ら魔女としての活動をしていた。そして、ハルメアと繫がっている井戸を守っていた」

 ルチルは目を細めてそう言った。


「だから、ハルメアで、おばあちゃんに会うことが出来るんですね」

「そうだ」

「おばあちゃんは、実は、何歳にでもなれるんですか? ここでは」

「そうだ」


 あたしはおばあちゃんの魂がハルメアにあって、いろんな年齢のおばあちゃんがいるさまを想像した。おばあちゃんの一部はここで、かつて好きだった人と仲良く過ごしているのかもしれない。


「死者を呼び出せる魔法も、誰でも呼び出せるものじゃなくて、ハルメアと縁の深い人しか呼び出せないんですね」

「そうだ。そして、例えば菊枝の場合は、ハルメアに繋がっている部分が呼び出される。でも、菊枝が、そちらで結婚し幸せに暮らしていたのも本当のことなんだよ」

「……あんまり回数多く長く呼び出すと、おばあちゃんがバラバラになっちゃうんですね」

「……そうだ」


 あたしはさっきの若いおばあちゃんを思い出した。

 フェルナン王子のことがとても好きだったおばあちゃんがいて。

 でも、おじいちゃんと静かに仲良く幸せに暮らしたおばあちゃんもいて。


「生きていると、ただ真っ直ぐにだけ生きるということが、出来ないこともある。そうして、選びとらなくてはいけないときもある」

「はい」

「しずく。魔女の魔法はね、人が生きて行く中で、迷ったり悩んだりしたときに、少しだけ背中を押したりきっかけになったり――そういうものなんだよ。何かを乗り越えるのも、そして選びとって生きて行くのも、自分自身なんだ、いつでも」

 ルチルが少しさみしそうに、あたしを見ながらもまるでずっと遠くを見るように、言った。


「はい、分かっています。おばあちゃんもそう言っていました」

 ルチルは、静かに微笑んで「何もかもをすぐに解決してしまうような魔法ではないんだ。例えば、カモミールティーがじんわりとその人の疲れをとるような、そういうものなんだ」と言った。


「ハルメアは、ある意味、何もかもをすぐに解決してしまうような魔法を信じる人の心に支えられている。だけど、魔女の魔法はそういうものじゃない。だから、魔女修業も薬草のことを学ぶ機会が多かったであろう。――しずくはこのことを分かってもなお、魔女修業を続けたいかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る