第68話
「ねえ、おばあちゃん。あたしね、おばあちゃんのお料理の本、見つけたの」
「何冊かあっただろう?」
「うん! あたしね、来年は自分でお節料理作りたい!」
「きっと出来るよ、しずく」
あたしはおばあちゃんの味を覚えておこうと思って、じっくり味わいながらお節料理を食べた。
アレク王子がこたつに入ってお節を食べている姿は、なんだかおかしかった。
あたしが笑っていると、アレク王子はあたしを見て優しく微笑んで、なんかちょっと恥ずかしくなった。
「ねえ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「おばあちゃんはどうしておじいちゃんと結婚することにしたの?」
「そうさねえ」
「おじいちゃんって、おばあちゃんより十歳くらい年上だったんでしょう?」
「そうだよ」
「どうやって知り合ったの」
「お見合いだよ」
「お見合い!」
あたしはびっくりして言った。だって、おじいちゃんとおばあちゃんはすごく仲良しだったから。
「出会い方は何でもいいんだよ」
おばあちゃんはにっこり笑うと、「おばあちゃんが井戸を大切にしていたのは知っているだろう?」と言った。
「うん。あたしも大切にしているよ。井戸工房」
「あの井戸はね、おばあちゃんにとって、とても大切なものだったんだ。おばあちゃんの親から引き継いだ土地なんだよ。……おばあちゃんはあの土地にずっと住みたくてね。おじいちゃんは、あの土地にいっしょに住んでいいよって言ってくれたんだ」
「フェルナン王子のこと、好きだったんじゃないの?」
「……好きだったよ。でもね、おばあちゃんのお父さんとお母さんがね、病気になってね。おばあちゃんは結婚をして、あの家にいっしょに住んでくれて、おばあちゃんたちを支えてくれる人が必要だったんだよ。まだ、今みたいに女性がバリバリ働く時代でもなかったし……」
おばあちゃんは遠くを見る目をした。
「おばあちゃん?」
「……おばあちゃんにはねえ、捨てられなかったんだよ、どうしても」
「捨てる?」
おばあちゃんは優しく笑って、「捨てなかったからこそ、しずくもいて、こうしてお節を食べてもらったり出来るんだよ」と言った。
「……でも、おばあちゃん、ハルメアのこと、忘れなかったんだよね?」
「そうさ。忘れることなんて、出来なかった。いつだって、心の中にあった」
おばあちゃんは目を閉じた。
「あっという間だったよ。結婚をして、子どもが生まれて――しずくのお父さんだね。いつの間にかその子も結婚して、そうしてしずくが生まれて。あっという間だった」
「おばあちゃん」
「しずく、おばあちゃんはちゃんと幸せだったよ。でも、フェルナン王子を好きだった気持ちもハルメアを忘れなかったことも、本当。いろいろなことに絶対正しい答えなんてない。いつでも、そのとき、自分がこれだと信じる道を歩いていくしかないんだよ」
「おばあちゃん?」
おばあちゃんはふっと消えて――今度は若い女の人の姿が現れた。
おばあちゃんだ!
直感的に分かった。
若いときの、おばあちゃんだ。……たぶん、結婚する前の。
若いおばあちゃんは幸せそうに微笑むと、アレク王子に似た若い男の人の手をとって、ふわっと消えた。……フェルナン王子?
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