第56話
あたしはコタくんの顔を見ていたら、涙が出そうになったけれどぐっと堪えた。
「しずくちゃん!」という声がして、向こうからひびきくんとここみちゃんも来た。
コタくんは廊下に落ちたものを拾って、全部コタくんの紙袋に入れた。
「あとで、渡すから」
「うん、ありがとう」
「行こう?」
コタくんはあたしの手をとって、その場を離れた。
そばに駆け寄って来ていたひびきくんとここみちゃんも、あたしの手を握ってすたすた早足で歩いていくコタくんのあとを慌てて追いかけた。
しばらく歩いたところで、とんとんと肩を叩かれた。
振り返ると、ねねちゃんがいた。ねねちゃん、一人だった。
「あの、しずくちゃん」
ねねちゃんは、何か言いかけたけど、怒っている顔のコタくんと、それからじっとねねちゃんを見るひびきくんにたじろいで、すぐには言葉が出てこなかった。
「何?」
コタくんが怖い声で言う。
「あのね」
ねねちゃんは意を決したように言った。
「あのね、しずくちゃん。――ずっと、意地悪していて、ごめんね!」
「……ねねちゃん」
「りこちゃんさ、ずっと虎太朗くんが好きだったの。……もう分かっちゃったと思うから、言うけど。四月は、虎太朗くんと同じクラスになって、本当に喜んでいたんだよ。……でも、うまくいかなくて。……それ、全部しずくちゃんのせいだってなっちゃってて。ごめんね、意地悪して。許してもらえないと思うけど、謝っておきたくて。りこちゃんだって、本当はいけないことしているなって、分かっているんだけど、ね」
「ねねちゃん、もういいよ」
「……もう行くね。りこちゃん、泣いているから。――本当にごめんね」
ねねちゃんは走って行ってしまった。
後に残されたあたしたちは、なんとなくフェスの続きで他のクラスを覗く気もなくなり、誰からともなく、校舎を出て中庭に行った。
中庭は想像通り誰もいなくて、あたしたちはコンクリートで作られた小さな池のふちに腰かけた。
「ねえ、お菓子、食べる?」とここみちゃんが言った。
クラスの景品にお菓子を配っているところもあったのだ。
「食べる食べるー」と言って食べていると、ポケットからするっとくろが出てきて、「ボクも食べたい!」と言った。
あたしたちは少しだけのお菓子をみんなで分け合って食べた。
「びっくりしたね」
ひびきくんが言った。
「あ、でも、わたしは分かっていたよ。りこちゃん、きっと虎太朗くんが好きなだろうなあって」とここみちゃん。
「え! そうなの⁉」
あたしが驚いて言うと、「んー、けっこうみんな分かっていたと思う、女子は。だって分かりやすい態度だったから」とここみちゃんは笑顔で言う。
「あたし、全然分からなかった……」
「しずくちゃんはほら、おばあちゃんが亡くなったばかりだったりして、大変だったからだよ」
「うん……」
「でもさ、しずくはさ、ボクのことが好きだよねっ」
くろがあたしの膝にぴょんと乗って、言った。それから、あたしの頬をぺろってなめた。
「だから、お前、それはやめろって!」
それまで黙っていたコタくんが真っ赤になって言う。
「えー、口は遠慮してあげたのにぃ」
「……くろっ」
またケンカになりそうだなあって思って見ていると、くろが爆弾発言をした。
「でもさ、しずく。アレク王子のプロポーズはどうするの?」
「はあ⁉」とコタくんが言って、ひびきくんはびっくりした顔をして、ここみちゃんはなぜか嬉しそうに、あたしの顔を見た。
フェスを楽しむ歓声が、遠くから聞えてきた。
ざあっと風が渡って、もう季節は秋なんだということを伝えていた。
空には秋のいわし雲が広がっていた。
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