第28話
コタくんがサッカーの準備をして、あたしを呼びに来た。あたしは図書館へ行く準備を整えて、待っていた。コタくんは学校、あたしは図書館に向かう。くろは小さくなってあたしの鞄に入っていた。
「コタくんは誰を調べるか、決めた?」
「決めていない。しずくは?」
「あたしも決めてない。……誰にしようかなあ?」
あたしは今、ハルメアで魔女修業をしているから、魔法関係の人がいいなと思っていたけれど、「歴史上の人物」でなくてはいけないから、すごく迷っていて、図書館に行って決めようと思っていた。
コタくんが「ちょっと時間あるから、図書館まで送って行って、それからサッカーに行くよ」と言ってくれて、あたしは図書館までコタくんといっしょに行って、図書館の前でコタくんと別れた。
そして図書館に入ったところで、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、りこちゃんとねねちゃんがいた。
「りこちゃん、ねねちゃん」
あたしの心はひやりと冷たくなった。
春の遠足以降、無視されることはなくなったけれど、いっしょにいてすごく楽しいという感じでもなかったので、夏休みに入って二人に会わずに済んでほっとしていたから、思わず立ち竦んでしまった。
「しずくちゃん、ちょっといい?」
りこちゃんは有無を言わせずあたしの手をつかんで、図書館から出て、図書館前のベンチのところに行った。
「何? りこちゃん」
りこちゃんの怒ったような顔が怖かったけど、ちゃんと顔を見て言った。
「しずくちゃんさ、虎太朗くんといっしょに来たの?」
「あ、うん」
どんな話なんだろう? と構えていたら、あたしには意外な質問で拍子抜けした。でも、りこちゃんは怒ったような怖い顔をしたまま、言った。
「どうして虎太朗くんといっしょなの?」
「コタくんがサッカーに行くついでにいっしょに来ただけだよ」
「サッカーって、学校でやるじゃない! どうして図書館までいっしょに来たの?」
「……コタくんが、まだ時間があるからって」
「――その呼び方! どうしてしずくちゃんだけ、コタくんって呼んでいるのよ!」
「えと、小さいころからそう呼んでいるから?」
コタくんとはうんと小さいころからの友だちで、小さいころは「こたろう」がうまく言えなくて「コタくん」と呼ぶようになったのだ。
「しずくちゃんばっかり、ずるい!」
りこちゃんは叫ぶようにそう言った。
あたしは何がずるいのかよくわからなくて黙っていると、「その指輪、何よ! 虎太朗くんにもらったの⁉」とりこちゃんは言った。
そして「違うよ」とあたしが言う前に、あたしの手からあっという間に指輪を取った。
「返して!」
あたしは急いでりこちゃんの手から指輪を取り返そうとした。くろも鞄からさっと出てきて、りこちゃんに飛びかかった。
でもりこちゃんは素早く逃げて、あたしの指輪を握り締めて、言った。
「返さない!」
りこちゃんのそばにいて、りこちゃんといっしょにあたしをにらみつけていたねねちゃんが「猫連れて図書館に来るなんて、信じられない! ありえないでしょ!」と言った。
くろは毛を逆立てて、二人を威嚇した。
「ねえ、指輪、返して。それコタくんにもらった指輪じゃないけど、大切な指輪なの」
「何よ! 意味が分からないわよ、そんなの!」とねねちゃんが言い、「そうよ、ずるいよ、しずくちゃん!」とねねちゃんが言って、二人はそのまま走り去ってしまった。
あたしは一生懸命追いかけたけどあたしは走るのが遅いので、走るのが速いねねちゃんたちには追いつけなかった。
くろは精一杯追いかけてくれて追いついたんだけど、指輪を取ることは出来なかった。りこちゃんとねねちゃんはくろを振り払ったすきに、自転車に乗って行ってしまったんだそう。
「ごめん、しずく。ボク、失敗しちゃった」
「……ううん。あたしが悪いの。……それより、どうしよう、指輪。指輪がないと、スター・ルビーがないと、ハルメアに行けない」
「しずく」
くろが、あたしが流した涙をなめてくれた。
でも、なめる以上に、次から次へと涙がこぼれた。
どうしよう? 指輪、とられちゃった。ハルメアに行けない。
あたしは宿題をする気もなくなり、図書館には入らないまま家に帰った。
そして井戸工房で泣き続けた。
くろはずっといっしょにいてくれた。
でも、涙は止まらなかった。
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