第10話

 おばあちゃんが消えたあと、不思議な静けさがあった。

 しばらく誰も口を聞かなかった。


 と思ったら、コタくんが

「ペンダントでよかったじゃないか。なんで指輪なんだよ。しかも左手の薬指」

 と一人でぶつぶつ言っていて、くろににやにや笑われてた。

 コタくんはまた怒って、くろに殴りかかる。

「もう、コタくん、やめて」

「だって、しずく!」

 アレク王子はくすくす笑っている。くすくす笑いでもきれいだなあとみとれてしまう。


「しずく姫」

「はい、アレク王子」

「きみたちも、もうそろそろ時間だね。ここに来たくなったら、その指輪を光に当てて、祈ってごらん。ハルメア国に行きたいと。そうしたら、ここに来られるから」

「はい!」

「使い魔はくろだね?」

「いいの?」と言ったら、くろが「そんなん、当たり前だよ~」って抱きついてきた。


 わっ。

 猫耳かわいい!

 しっぽももふもふ!

 あたしはくろの猫耳としっぽをもふもふして、幸せな気持ちになっていた。くろは猫の姿のときみたいに、ごろごろってしていた。

「だから、しずくに触るな!」

 コタくんだけが怒ってる。


「さて、と、ルネ。そろそろしずく姫から、離れて」

「え~~~~」

 アレク王子があたしからくろを引き離し、あたしの両手をとって、正面からあたしの顔を見る。

 キラキラしたひとに見つめられて、あたしはどきどきが止まらなかった! アレク王子、かっこいい!

「しずく姫」

「はいっ」

「菊枝さんの言ったこと、分かったね?」

「――うん、分かった」

「乗り越えていくのはきみ自身。でも、私たちがいるから」

「ありがとう」


 アレク王子はあたしのおでこにキスをした。おばあちゃんが手をかざしたところ。

「加護の力を足しておいたよ」

「アレク王子……」

 あたしは胸がいっぱいになった。コタくんが「あーーーーー!」って叫んでいるのが気にならないほど。

「いつでもここにおいで。ハルメア国に。――またね」

 アレク王子は今度はあたしの左手をとって、指輪にキスをした。


 そのとき、井戸工房で起きたのと同じ光に包まれた。眩しい、何も見えない。

「待ってるよ」というアレク王子の声が遠くに聞こえた――


 *


 ふと気づくと、あたしは「おばあちゃんの井戸工房」にいた。日付つきの時計を見ると、あたしたちがハルメア国に行っていたのは、ほんの二時間くらいのことだと分かった。不思議。向こうではあんなに長くいたのに。


 隣を見ると、コタくんがいて、コタくんはあたしをぎゅってした。

「いてっ」

「あ、くろ! いっしょに来てくれたの⁉ 嬉しい!」

 あたしは黒猫の姿になったくろをぎゅって抱きしめた。

 わーい、もふもふ嬉しいな。

 くろは「ボクはしずくの使い魔だから」って、言った。猫の「にゃん」だけど、頭の中で日本語になったの!

「すごい! くろの言っていること、分かる!」

「いいでしょ?」

「よくないっ」

「もう、ケンカ、やめて」



 あたしたちは「おばあちゃんの井戸工房」から出た。

 もう夕ごはんの時間だ。そして、ごはんを食べ終わりお風呂に入ったら、明日学校へ行く準備をする。


「コタくん、明日、また学校でね!」

「……しずく、だいじょうぶ?」

「分からないけど、おばあちゃんとアレク王子に魔法をかけてもらったし、あたし、頑張る。強くなる! ……すぐには出来ないかもしれないけど。でも、コタくん、そばにいてくれるんでしょ?」

「お、おう! モチロンだ!」

「ボクもいるよ!」

「ふたりとも、ありがと!」

 指輪を見る。それから、おでこを触る。

 ありがとう、アレク王子。……おばあちゃん!


 あたし、ちゃんと前を向いていくよ。

 一日の終わりの陽がやさしく、あたしたちを照らしていた――




  「五月の章」了

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