第4話

 あたしが「くろ」って呼んだら、黒猫は嬉しそうにすり寄ってきた。

「やっぱり、くろなんだ! わあ、大きくなったねえ。……だっこしていい?」

 そう言ったら、くろは言葉が分かるみたいに、ぴょんって膝に乗ってきた。


「ふふ。ふかふか! もふもふ!」

 くろはあたしの顔に顔をすりすりさせて、それからぺろぺろって、あたしの顔をなめた。

「ふふ、くすぐったいよ」

 くろはあたしの唇もぺろってなめて、それからちゅってキスをした。

「しずく! おい!」

 コタくんがなんか怒った顔であたしを見ている。

「どうしたの? コタくん……くろ、くすぐったい……ふふ」

「しずくってば!」

 コタくんは、くろにぺろぺろってなめられているあたしの腕をつかんで、立ち上がらせた。


「なに、怒ってんの?」

「キ、キ、キス、すんな!」

「え? 猫だよ、コタくん」

 そしてまた、あたしはくろとキスをした。あたしの口とくろの口がくっついた。

「しずく、やめて。ほんとうに」

「変なコタくん」

 くろはあたしの腕の中で「にゃ」って鳴いた。


「おれがだっこする」とコタくんが手を伸ばしたら、くろはコタくんの手をひっかいた。

「いてっ」

「えへへ。あたしが好きなんだよね? くろ!」

「にゃん」

 くろはあたしの口をまたぺろっとなめた。

「もう、やめて。心臓に悪い」

「ほんとうに変なコタくん。くろはあたしが幼稚園のときに会ったことがある猫なんだよ?」

「……しずく。おれ」

 コタくんが何か言いかけたとき、くろがあたしの腕からするっと下りて、少し歩いてから「にゃあ」って言った。


「何?」

「ついて来いって言ってるみたい」

 あたしたちはくろの後をついて、森の中を歩いた。


 森は、ほんとうに緑と花がきれいで、きらきらした陽射しに満ちていて、とても気持ちのいい場所だった。

 おばあちゃんに教えてもらった植物がたくさんあって、「セイヨウノコギリソウ!」とか「リコリス!」とか、いろいろ見ながら歩いた。


「マツヨイグサ! わあ、すごい。いっぱい咲いてる! あたしこの花大好きなの。おばあちゃんが小さいころは、うちの周りでも咲いていたんだって。マツヨイグサで染める、優しい黄色が好き。これの白いのは月見草って言うんだよ」

「へえ。……ほんとうに植物、好きなんだね」

「うん! いつかね、おばあちゃんみたいに染め物したりお茶の葉を作ったり、それから薬草を煎じたりしたいな。……今日は失敗しちゃったけど」

 おばあちゃんのことを思って、ちょっと涙が出てしまった。

 そしたら、コタくんがぎゅってしてくれた。


「しずく、泣くなよ。おれがいるから」

「コタくん」

「いてっ!」

「コタくん?」

 見ると、くろがコタくんをひっかいていた。半ズボンから伸びた脚に、猫の爪あとがあった。

「きゃ、くろ、どうしたの?」

「にゃうん!」

「なあに、だっこされたいの?」

「にゃ」

 あたしはくろに手を伸ばすと、くろはぴょんって飛んで腕の中に来た。くろはあたしの腕の中でごろごろと喉を鳴らした。


「かわいい」

「かわいい、じゃない! 痛かったぞ」

「もう、コタくんたら。くろはね、だっこされたかっただけだよ? ね?」

「にゃん」

 くろがまたあたしの唇をぺろってなめて、口をくっつけた。

「……しずく。ほんと、それだけはやめて。お願いだから」

「だから、くろは猫なんだよ?」

「しずく……」

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