2.エバーグリーンの森で、黒猫と出会う

第3話

「黒猫?」

「え?」

「黒猫だよ、しずく」

 あたしはコタくんから少し離れて、それを見た。

「かわいい!」

「にゃん」

「わ。お返事した。……おいで!」

 あたしはコタくんから離れて、黒猫に近寄った。

「しずく、待てよ」

 コタくんの声が背中で聞こえた。


 黒猫はあたしに近寄ってきて、あたしの手をぺろってなめて、それからまた「にゃあ」と鳴いた。金色の瞳であたしを見つめる。


「……くろ?」


 *


 まだあたしが幼稚園に通っていたときのころのこと。たぶん、五歳だった。


 あたしは霧雨が降る中、傘をさして長靴をはいて、家の庭で遊んでいた。

 ちょうど庭のツツジが満開の時期で、五歳のあたしにはまるで木のように思えるくらい、大きなツツジの下で、傘をくるくるって回したり、雨を眺めたり、雨があたる青みがかったピンクの花を眺めたりしていた。


 すると、ツツジの木の根元に黒いものが見えた。

「にゃあ」

「ねこ?」

 あたしはしゃがんだ。

 黒猫だった。まだ仔猫の。


「かわいい! どうしたの? まいごかな?」

 あたしは黒猫を膝の上に乗せた。少し濡れていたから、ポケットに入っていたハンカチでふいてあげた。黒猫はおとなしく抱かれていて、ごろごろと喉を鳴らした。

「お前、目は金色なのね。……きれいな黒い毛だね。ねえ、くろって呼んでいい?」

「にゃん」いいよって聞こえた。

「ふふふ」


 あたしはその日、けっこう長い時間をくろといっしょに過ごした。雨は途中で止んだから、くろも足が濡れるのを気にしながら、地面を歩いた。

 くろとツツジの花やハルジオンをつんだりした。

 その後、くろをおうちに誘ったけれど、くろは来なかった。「じゃあ、また明日ね」


 でも、次の日は会えなかった。

 さみしかった。けれど、きっと、くろは自分のおうちに帰れたんだなって、自然に思えた。ちょっとさみしいけれど、あたたかい想い出。


 *

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