〖英雄〗がインストールされました③

 ライラの一言に、俺は首を傾げる。


「学習?」


 彼女は小さく頷き、説明を続ける。


「星食いのもっとも恐ろしいところはな? その学習能力の高さだ。奴らは一度見た武器、魔法、スキル、それらすべての能力や事象を学習する。極端に言えば、星食いに一度見せた攻撃は通用しなくなる」

「それって……」

「気づいたようだな。そう、お前さんが手にした英雄のスキルも該当する」


 星食いの本体が隠れ、漏れ出た力の一部を放出するのは、殺戮を繰り返し負の感情を増幅するため、だけではなかった。

 もう一つの隠れた目的。

 それこそ、人間が長い歴史の中で続けてきたことと同じ。

 傾向と対策。

 あらゆる事柄を経験し、理解し、次に対処する。

 星食いは自らの一部を野に放ち、戦わせることで俺たち人間の攻撃パターンを学習している。

 その経験は全て、親である本体に還元されるという。


「お前さんはすでに、持つスキルのほとんどを見せてしまった。今のお前さんが持つ力では、星食いの本体は倒せんのだ」

「そういうことか……だったらもっと新しいスキルを手に入れないと」

「問題はそこだ」


 ライラは難しく珍しい表情を見せる。

 問題?

 俺は彼女に尋ねる。


「何が問題なんだ? 新しくスキルをインストールすればいいだけじゃないのか?」

「今までならな。お前さん、得られる力が無制限だと勘違いしておらんか?」

「――!」

「その反応、図星だな」


 彼女はやれやれと首を振る。

 俺が手にしているのは偉大な英雄たちの力だ。

 彼らが血と汗を流し、才能を磨き上げた末にたどり着いた最強の一角。

 ライラの中には彼らの記録が保管され、俺のスキルによって読み出すことで、スキルとして昇華される。

 俺はただ、スキルで彼らの人生を覗くだけでいい。

 こんな簡単に力を得てしまっていいのか?

 そう思ったことは何度もあった。


「お前さん自身が保管できる英雄の数には限りがある。英雄の生涯、力の性質、密度によって大きさは異なる。すでにお前さんは五人の力を手に入れた。すでに限度いっぱいだ」

「つまり……俺はこれ以上……」


 強くはなれないのか?

 剣帝、汪剣、鬼子、奏者……そして魔王。

 彼らの英雄譚をこの身に宿し、まだ見ぬ英雄たちの力を手に入れられる。

 どこまでも無限に強くなれると勘違いしていた。

 考えてみれば当然だ。

 彼らは英雄だけど、俺は凡人でしかない。

 非凡な彼らの生涯は、平凡な俺には重たすぎる。


「じゃあ……どうすればいいんだ」

「単純だ。お前さんが限度いっぱいなら、外に保管場所を作ればいい」

「外……?」

「他者を英雄の記録媒体にするんだ。そうすれば、今以上に英雄の力を行使できる。一人につき一つという制限はあるが、今のお前さんには三人もおるからな」


 ライラはニヤっと意味深に笑う。

 三人、エリカたちのことを言っているのだろう。


「彼女たちに力のことを話していいのか?」

「問題ない。この一か月余り、お前さんも肌で感じたはずだ。あの娘たちなら信用できる。お前さんに惚れておるからな」

「っ――!」

「お前さんだって気づいておるはずだ。身近にある好意を、そろそろ認めてやってもいいだろ」


 歩くペースが遅くなる。

 俺の頭には、三人の顔が浮かんでいた。

 エリカ、クロム、フィオレ。

 彼女たちが俺に向けてくれる感情は、ライラの言う通り好意に違いない。

 日に日に強く、確かになっている。

 いくら鈍感な人間でも、一緒にいる時間がこれだけ長いんだ。

 気づかないはずはなかった。


「他者を記録媒体にするためには、互いの信頼が不可欠だ。その点はクリアしておる。あとは儀式をするだけでいい」

「儀式?」

「身体を繋げるんだ。文字通りな」

「そ、それって……」


 ニヤっと、ライラはあからさまに意地悪な笑みを浮かべた。

 そう、つまりそういうことだ。


  ◇◇◇


「お帰りなさい! レオルスさん」

「あ、ああ、ただいま」


 ホームに戻ると、真っ先にエリカたちが出迎えてくれた。

 三人とも俺の帰りを待っていてくれたらしい。


「ん? どうかしたのか? なんか元気ないみたいじゃん」

「そんなことないよ。少し疲れているだかけだから」

「きょ、今日は早めにお休みになられますか?」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 心配する三人に笑顔で大丈夫だと伝えた俺は、急ぎ足で自室に戻る。

 ライラからあの話を聞いたばかりだから、彼女たちの顔をまっすぐにみられない。

 やれやれと、呆れるライラの心の声が聞こえる。

 本当に情けない。

 急がなくてはならない状況なのに、俺はまだ……。


「自信がもてんか?」

「ライラ」


 一人で自室に入ったつもりが、ライラが一緒に部屋に入ってきていた。

 まったく気が付かなかった。

 それだけ考え込んでしまっていた証拠だ。

 ライラの言う通り、俺は自分に自信が持てない。

 俺なんかでいいのかと、心の底で疑問を抱いてしまう。


「情けない奴だな。こうなったら、私が一肌脱いでやろう」

「え?」


 ライラが俺の手を掴む。

 そのままベッドに引き込み、俺を押し倒して上に乗る。

 

「ライラ?」

「お前さんに自信をつけてやろう。男としてのな」

「ちょっ、何考えてるんだよ!」


 ライラは俺の上にまたがって服を脱ぎ始めた。

 戸惑う俺を無視して裸になる。

 目を逸らす俺の顔を、ライラは両手でぱちんと挟んで自分のほうへと向けた。


「よく見ろ。これが今から、お前さんが抱く女の身体だ」

「だ、抱くって……本気なのか?」

「言わずともわかるだろう? ほれ、私の胸の鼓動を聞いてみろ」


 彼女の胸に俺の手が触れる。

 ドクンドクンと、心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。

 彼女だけじゃない、俺の心臓も一緒に。


「だ、ダメだよ。こういうのはちゃんと、お互いが好き合ってないと」

「はぁ~ お前さんはとことん初心だな。私が好きでもない男を誘惑すると思うか?」

「――それって……」

「この胸の高鳴りが証明だ。私はお前さんになら、この身体を好きにされてもよいと思っておる」


 ライラはいつになく優しく、妖艶に笑う。

 思わずドキッとする。

 鼓動が、加速する。


「自分なんかと卑下するな。お前さんは私に、世界に選ばれた男だ。堂々と胸を張れ。未来の大英雄が女の前で情けない姿など見せるな。それともお前さんは、後世に恥を語り継ぎたい変態か?」

「ち、違うよ!」

「だったら迷わず私を抱け! このまま何もせんなどと、意気地なしなことをするな」


 ライラは本気だ。

 本気で俺に……勇気を与えようとしてくれている。

 スキルで通じているから、お互いの気持ちがわかる。

 彼女の信頼が、好意が流れ込んでくる。


「――ライラ」

「なんだ?」

「俺も、君と出会えてよかった。君が大切だ。君にいてほしい。俺は情けないから、いつも背中を押してほしい」

「ふっ、仕方ない奴だな」


 まったくその通りだ。

 女の子にリードされ、焚きつけられようやく決心がつく。

 腑抜けもいいところだろう。

 そんな自分を、少しずつでいい。

 好きになっていく努力をしよう。

 そのための一歩は、ライラが背中を押してくれた。


 この日、俺は少しだけ大人になれた。

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