〖英雄〗がインストールされました①
突如上空に飛来する巨大ダンジョン。
落下までの時間は数分。
誰もが諦め、絶望する中、たった一人の冒険者が奇跡を起こした。
「俺は見てたんだ! 空高く飛びあがったあいつは、両手でダンジョンを支えていた! 直接手で? 違う違う。見えない力……あれはきっと魔法だ」
「その後もすごかったな! ピタッと止まったと思ったら、そのままぶん投げたんだぜ!」
多くの冒険者たちがその場に居合わせ、彼らの瞳はハッキリと見ていた。
自分たちを絶望から救い出した英雄の背中を。
故に彼らは、英雄を語る時笑うのだ。
歓喜に満ちた表情で、声で、英雄の偉業をたたえる。
英雄譚とはこうして広まり、語り継がれていくものなのだろう。
と、隣を歩くライラがニヤニヤしながら話していた。
「有名人になったのー。私も鼻が高いぞ!」
「……」
「なんだ? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいよ? 認めてもらえたことは素直に嬉しい。でも、こんなに注目されるのは初めてだから、なんだかむず痒くて」
俺とライラは今、ラクテルさんに呼び出され冒険者組合の支部を目指していた。
組合に近づくにつれ、道を歩く冒険者が増える。
彼らの間では、ダンジョンをぶん投げた男として噂が広まっていた。
「あいつが例の……ダンジョン投げた奴か」
「俺は見てたぜ」
「いいなぁ、俺も近くで見たかったぜ」
「……」
道を歩けば注目される。
やっぱり慣れなくて、無意識に歩く速度が上がっていく。
どんどん大股になる歩幅。
たまらずライラが俺の手を握る。
「こらお前さん、私を置いていく気か?」
「あ、ごめん」
「まったく、そんなに緊張するか? この程度でアタフタしておったら、本物の英雄にはなれんぞ?」
「あはは、その通りなんだけどさ……」
少し前まで、俺は違う意味で注目はされていた。
上位入り目前のギルド、ワイルドハントにいるお荷物新人として。
カインツが目立つ有能な新人冒険者だったから、セットで役立たずがいることも噂で広まっていた。
おかげであの頃の俺は、他のギルドの人たちからも陰で笑われていた。
その時のみじめさに比べたら、今の恥ずかしさなんて嬉しいくらいだ。
「カインツ……」
「気にするな。あれは事故みたいなものだ。お前さんが悪いわけではない」
「ライラ……」
「あの男はすでに死んでおったよ。星食いに呑まれたのも、あの男自身の心の弱さゆえだ。お前さんが負い目を感じる必要など微塵もない」
ライラはそう言って俺のことを慰めてくれる。
けれど俺は、はいそうですねと素直に納得はできなかった。
あれから、丸一日経過しただろうか。
この手にはまだ、カインツを斬った感覚が残っている。
一体いつまで残り続けるのだろう。
もしかしたら永遠に……。
「こっちの手も握ってやろうか?」
見つめる右手を、彼女は空いていた左手で握ってくれた。
その手は温かくて、柔らかい。
女の子の優しい手の温もりは、俺の不安と後悔を少しだけ和らげてくれる。
「ありがとう。でも……」
「ん?」
「これじゃ歩きづらいな」
お互い正面を向いて、両手を取り合っている。
道の真ん中で。
これからダンスでも踊るかのように。
正直これはちょっと恥ずかしかった。
「注文の多い奴だな。お前さんが寂しそうに自分の手を見つめておるから、気を利かせてやったのに」
「ごめん。十分今ので元気になったよ」
「そうかぁ? まだまだ元気にはなっておらんように見えるぞ? どうだ? 男は女の胸を揉むと元気になるというが」
「そ、それは元気になるの意味が違うから」
目を逸らしながらツッコミを入れる。
すると、彼女は握っていた俺の手を持ち換えて、すっと自分の胸へと引っ張る。
手よりも柔らかい感覚が伝わってきた。
「どうだ? 元気になったか?」
「ちょっ、何してるんだよ! こんな街中で!」
「おお、そうだったな。街中ではこの先の展開にも進めないか……まさかお前さんに指摘されるとは」
「そういう意味じゃないから!」
とか口では言いながら、内心ちょっと元気になっていた。
別に女の子の胸を初めて触ったからじゃない。
ライラの明るさに、マイペースさに付き合っていると、悩んでいる時間が馬鹿らしく感じられる。
彼女は俺にとって頼れる相棒であり、精神安定剤のような存在になっていた。
いつの間にか俺の心は、彼女に依存していたのかもしれない。
それを恥ずかしいとも、情けないとも思わないのも不思議だった。
予定より少し遅れて組合に到着する。
応接室に案内され、ラクテルさんと向かい合って話す。
ダンジョンで見たもの、その後の話をした。
俺が伝える以前に噂でほとんど知っていたから、いらない情報は省いて簡潔に。
時間にして十数分、語り終わった俺に、ラクテルさんが最初にかけてくれたのは……。
「本当に感謝いたします。レオルス様のおかげで、この街は救われました」
まっすぐな賞賛の言葉だった。
ラクテルさんは深々と頭を下げている。
「や、やめてくださいよ。俺はただ、自分にできることをしただけなので」
「それが素晴らしいのです。誰も起こせなかった奇跡を、あなたは実現してみせた。その奇跡が多くの人々の明日を守ったのです。あなたはもっと誇るべきだ」
「ラクテルさん……」
「冒険者組合の代表として、一人の人間として、あなたのことを尊敬いたします」
彼の瞳はぶれない。
一回りも年が離れたこんな若造に、最大にして真摯な敬意を向けてくれる。
むず痒く、素直に受け取れない俺は、恥ずかしくて笑うばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます