〖秘薬〗がインストールされました②

 なんとか理性で欲望を押し殺し、クロムを引きはがして向かい合う。

 といっても直視できないから目を逸らして。


「なぁ、なんでこっち見てくれないんだよ」

「いやわかるだろ。裸なんだから」

「別にオレ……見られても恥ずかしくないし」

「そういう問題じゃない」


 クロムがよくても俺の理性が持たないんだ。

 頼むから察してくれ。

 そして話題を初めて、早く解放してほしいんだが……。


「話するのに顔見ないなんて失礼だぞ!」

「ちょっ!」


 クロムが俺の顔を両手で挟み、まっすぐ前を向けさせる。

 嫌でも目に入るクロムの顔、そして……。


「――!」

「お、顔が赤くなった」


 まずい。

 こうなったら奥の手だ。


 スキル発動『剣帝』!


「さぁ、話をしてくれるか?」

「ん? なんか急にりりしくなったか?」

「気のせいだ。早くしてくれ」


 ごめんなさい英雄の皆さん。

 こんな使い方をするつもりはなかったのに……くそ。

 英雄のスキルで理性を保つんだ。


「えっと、じゃあまず、昨日は助けてくれてありがとな!」

「そんなことか。感謝なら何度も聞いたよ」

「そうなんだけどさ。何回言っても足りないんだって。あのまま暴れてたらオレ、お嬢やフィオレを傷つけてただろ? そしたらさ……本当に罪人と同じになるじゃんか」

「クロム……」

 

 人狼一族の話は、すでにクロムは知っていた。

 ブランドー家で一通り教育を受け、その中の知識にあったらしい。

 危険な一族だから近寄ってはいけないと。

 彼女たちを危険から遠ざけるための知恵だった。


「まさかさ。自分がそうだなんて夢にも思わなかったぜ」

「……そうだろうな」


 彼女は孤児だった。

 ブランドー家の庭に捨てられていたのも、何か意図があったのかもしれない。

 クロム自身、どこまで気づいているだろうか。


「暴れてる時さ、真っ暗な中で声が聞こえてたんだよ。オレのことを悪く言う声……お前が悪い。お前がいなければよかった。死んじゃえとか」

「……」


 おそらく、彼女の中にある呪いの声だろう。

 大罪は子孫たちにスキルとして継承されている。

 人狼スキルが目覚めたことで、スキルに宿った意志が解放されたのだろう。

 別に不思議なことじゃない。

 ライラと出会い、力に意志が宿り、それが受け継がれることを知っているから。


「怖かったし、寂しかった。そんな時にさ? 光が見えて、オレのことを助けてくれたんだ。あれがレオ兄だってことはすぐにわかったぜ」

「そっか。助けられてよかった」

「おう! でもさ? よかったのかな、これで」


 クロムは暗い表情になり、俯く。

 水面に映る自分の顔を見て、彼女は続ける。


「オレの中には悪い人の血が流れてる……このまま、レオ兄たち……お嬢たちにも迷惑がかかるんじゃないかな」

「そんなのあるわけないだろ?」

「え?」


 俺は即答した。

 悩みの理由を理解して、関係ないと笑い飛ばすように。


「クロムは何も悪くない。誰も傷つけていないんだ」

「レオ兄……」

「過去の先祖の罪なんて気にするな。クロムが生きているのは今なんだ。今のクロムがどういう人間かは、俺たちが見ているから大丈夫」

「……」


 過去は過去、今は今だ。

 どんな大罪を犯そうと、罪を償うのは罪を犯した本人の役割で、後から続く者たちに罪はない。


「スキルを呪いだっていうならもう平気だ。俺が一緒にいる限り、クロムは誰も傷つけたりしない。だからいつも通り、元気よく生きればいい」

 

 これが今の俺に言える最大限の励ましだ。

 少しでもクロムの気が楽になってくれたらしい。

 そう思って、自分でもいいセリフを口にしたとちょっと優越感に浸る。

 クロムに伝わってくれただろうか?


「――好き」

「え?」

「だいっすき! レオ兄!」

「おわっ!」


 突然クロムが抱き着いてきた。

 ちょうどスキルの効果が消えて脱力した瞬間で、避けることもできず……。


「な、なんだ急に!」

「最高だぜ! 戦えば強くて格好いいし! オレのことちゃんと守ってくれたし! お嬢の時もおじさんのこと説得してくれたんだろ? こんなのもう最高すぎる!」


 俺の励ましが伝わって元気になったのは嬉しい。

 いや伝わり過ぎた。

 というか斜め上の方向に!

 俺は必死に逃げ出そうともがき、浴槽から外に出る。


「逃げるなよレオ兄!」

「いやダメだから! これ以上は理性がもたない!」

「いいじゃんか! オレは平気だぜ? むしろレオ兄ともっとくっつきたい!」


 逃げる俺に馬乗りになり、そのまま身動きが取れなくなる。

 凄い力だ。

 なぜかいつの間にか人狼スキルが発動し、耳としっぽが生えている。

 感情の高ぶりでスキルが発動するのか。

 しかも明らかに表情がおかしい。

 まるで……。


「は、発情してるのか?」

「なんかさ……レオ兄見てると身体がうずうずしてくるんだ……」


 スキルの副作用か何かか?

 とにかくまずい。

 何とかして逃げ出さないと。


「面白いことになっているなー」

「ライラ! ちょうどいいところに! 助けてくれ!」


 ライラはニッコリと微笑む。


「嫌だぞ」

「やっぱりか!」


 期待した俺が馬鹿だったよ。

 ライラはちょこんと近くにしゃがみ、ワクワクしながら俺たちを見ている。


「これはもしや、ハーレム一号はエリカではなくクロムか? スキルで発情しておるみたいだし、これは大変だなー」

「わかってるなら助けろよ」

「嬉しいくせに。それに、お前さんはクロムをテイムしただろ? つまり今、お前さんはクロムのご主人様というわけだ」

「ご主人様……」


 なぜかクロムがうっとり顔になる。

 完全に何かのスイッチが入った音がする。


「そうだな……レオ兄は俺のご主人様だ……ご主人様、オレ……ご主人様の子供がほしい」

「――さすがにやばい! もう誰でもいいから助けてくれ!」


 俺は情けなく叫んだ。

 こういう時、男は無力過ぎて泣けてくる。

 絶対絶命のピンチ。

 そこへ颯爽と救世主がかけつける。


「レオルさん! 大丈夫ぅう――! 何やってるんですか!」


 響く悲鳴と歓喜。

 救世主エリカのおかげで、俺の貞操は守られた。

 ただし長時間の入浴でのぼせた俺は、その後眠るように気絶した。

 

 しばらく風呂が嫌いになった。

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