〖秘薬〗がインストールされました③

「うぅ……くらくらする」

「だ、大丈夫ですか? これを飲んで横になってください」


 風呂場でのぼせた俺は、フィオレの部屋でポーションを貰い横になる。

 弱めの回復ポーションを飲んだおかげで、気持ち悪さが少しずつ和らいでいく。


「はぁ……ありがとう。楽になったよ」

「い、いえ……大変でしたね」

「まったくだ」


 事情はすでに話してあった。

 今頃、ライラとクロムはエリカにお説教されている。

 どうせ明日にはケロッとしているだろうけど。

 人狼のスキルで発情までするのはさすがに予想外だったな。

 テイム効果で制御していても、発情はコントロールしきれないのか。

 今後のためにも対策を考えないと。


「うーん……」

「ま、まだ気持ち悪いですか? 追加でポーションを作ります」

「いや、もう大丈夫だよ。本当にありがとう。フィオレがいてくれてよかったよ」

「そ、そんな、大したことしていませんので……」


 フィオレは謙遜するけど、錬金術師の才能は特別だ。

 誰でもやれることじゃない。

 どんな傷も病もすぐ治せるポーション。

 錬金術師の才能があるだけで、王都なら宮廷に招待されることも夢じゃない。

 フィオレの部屋はポーション作成のため、様々な道具や素材が並んでいる。

 こうして眺めていると面白い。

 なんだか秘密の隠れ家にる感覚だ。


「あ、あの……何かありましたか?」

「ごめん。ついに興味が湧いて。錬金術師のアトリエって感じがしていいね、ここ」

「あ、ありがとうございます」

「フィオレは誰に錬金術を習ったの? ご両親?」


 何気なく質問した。

 ほんの少し、フィオレの表情が曇る。


「い、いえ、自分で……お父さんとお母さんは……小さいころに病気で……」

「ああ、そうなのか。悪いことを聞いたな」

「いえ、気になさらないでください。もう、昔のことですから」


 そう言いながら笑う。

 明らかに無理をして笑っているのがわかった。

 普段あまり笑わない彼女だからこそ、こういう時に見せる笑顔は印象的で、気になってしまう。


「独学か。凄いな」

「そんなこと……ないですよ」

「謙遜しなくていい。フィオレがいてくれたら、怪我も病気も怖くないな」

「……でも、錬金術でも、命は作れませんから」


 彼女はぼそりと呟く。

 暗い表情で、続きを語る。


「死んでしまった人は……助けられません。あのダンジョンの人も……」

「……そうだな」


 命は一つだけ。

 失われた命は戻らない。

 奇跡でも起きない限り、二度と会えなくなる。

 英雄たちの記憶の中でも、たくさんの別れがあった。

 涙なしには語れない。


「あの……レオルスさん」

「なんだ?」

「……もしも、大切な人が蘇る方法があるとしたら……どうしますか?」

「どうって……」


 深い質問だな。

 少しだけ考える。

 目を瞑り、大切な人を思い浮かべて。


「その人が本当に大切なら、なんでもする」

「……」

「でも、そのせいで誰かを傷つけたり、苦しさを押し付けるなら、その方法は選ばない」

「――助けられるとしても……ですか?」


 俺は小さく頷く。


「もしも自分だけが苦しむなら……それでもいいかもしれない。でも、誰かを犠牲にして得た未来は、きっと余計に苦しいだけだ。だから選ばない」

「……」

「ごめんね? 中途半端な回答しかなくて」

「い、いえ! 素敵だと思いました。レオルスさんは……優しい人ですね」


 そう言って彼女は笑う。

 フィオレの笑顔はとても切なげで、印象的で、どうしても頭から離れない。


  ◇◇◇


 夜。

 皆が寝静まる時間帯に、彼女は一人で屋敷を出て行く。

 ポーションの効果で姿を隠し、音を減らし、誰にも気づかれないように。

 カバンにはいっぱいのポーションを入れて。


「はぁ、ふぅ……」


 彼女は走る。

 体力がない彼女にとって、重い荷物はそれだけで息切れを起こす。

 向かったのは街の路地裏。

 そこには怪しい男が待っていた。


「もってきたか?」

「は、はい。言われていた回復ポーションです」


 彼女はポーションを袋ごと男に手渡す。

 男は中身を確認し、ニヤリと笑みを浮かべる。


「よし、また次も頼むぞ」

「ま、待ってください」

「なんだ?」


 男ににらまれ怯えながら、フィオレは勇気を出して尋ねる。


「い、いつまで続ければ……いいんですか?」

「そんなもん、俺たちが満足するまでに決まってんだろ?」

「っ……」

「と、言いたいところだが、大分ポーションも貰ったし、おかげでがっぽり稼げた」


 男は貰ったポーションの袋を揺らしながら続ける。


「次の依頼で最後にしてやるよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」

「何を作ればいいですか?」

「必要なのはポーションじゃねぇ……お前の雇い主の娘、エリカっていったか? あの女を攫ってこい」

「……え?」


 思わぬ要望に声を失う。

 聞き間違い……ではなく、男は笑みを浮かべる。


「屋敷も出て警備も薄くなった今なら簡単だろ? 適当に呼び出して、ポーションで眠らせればいい。あとはこっちでやる」

「え、エリカ様を……どうするんですか?」

「決まってる。高値で売るんだよ。貴族の娘、あれはかなり上玉だからなぁ。前々から狙ってたんだ」

「っ……そ、そんなこと……」

「できないのか? だったら取引も中止だ」


 男はポーションを持って立ち去ろうとする。

 フィオレは男の裾を掴む。


「待ってください。そうすれば本当に……くれるんですか?」

「ああ、約束は守る。これが終わればお前にくれてやるよ。死んだ人間を復活させる伝説の秘薬、ほしかったんだろ?」

「……はい」

「だったら迷わず連れて来い。そうすれば渡してやる」


 フィオレは拳を力いっぱいに握り閉める。

 悩み、不安、その全ては……大切な人ともう一度会うために。


「わかりました」

「よく言った」


 男は笑みを浮かべる。

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