〖決断〗がインストールされました④

 ギルドホームの自室。

 メンバーには一人一部屋与えられ、俺にも小さいけれど部屋が与えられていた。

 少ない荷物を片付けて、出ていく準備を整える。

 準備している最中、本のままテーブルの上に置かれたライラが口を開く。


「どうしてだ?」

「……何が?」

「さっきの話だ。見せればよかっただろう? ボスモンスターの結晶を。偽物と思われるだの、奪われるなど深く考え過ぎだ。ボスモンスターは運では倒せない。それを見せれば、お前さんは自力でダンジョンを攻略してきたことがわかるはずだ」

「……そうかもしれないね。でも、これでいいんだよ」


 最後の荷物をしまって、背負える程度のカバンに全部が収まった。

 ライラの言う通り、もっと強気で話せば結果は変わったかもしれない。

 だけど俺は……。


「萎えちゃったんだよ。俺の話なんて微塵も信じてくれないボスに……平気で嘘の報告をしたカインツたちに……このままこのギルドで頑張ろうとは、もう思えない」


 仲間からは裏切られ、ボスからは一切信用されない。

 仮に今、嘘が証明されて待遇が変わったとしても、いずれ同じことが起こるかもしれない。

 役立たずは平気で見下し、仲間とも思わない連中だ。

 こんなギルドで頑張る意味が、俺にはわからなくなってしまった。


「だから出ていく。ちょうどいい機会だ」

「出て行って、新しいギルドを探すのか? 見つかるのか?」

「それは……」


 わからない。

 というより、難しいだろうと思う。

 この街には数多くのギルドがあって、その数の何十倍も冒険者がいる。

 彼らダンジョン攻略のために情報交換を行い、噂の類も広まりやすい。

 故に、俺が役立たずであることは、すでに他のギルドメンバーでさえ知っている状況だ。

 少なくとも上位のギルドは、優れた人員を取り合っている。

 その関係で、使えない人間もリストアップされている。

 俺は間違いなく、彼らの不要リストに名前が載っているはずだ。

 組合の規定でギルドのメンバー数に制限がある以上、不要な人材を入れる意味はない。

 下位のギルドだって考え方は同じだ。

 わざわざお荷物になる俺を雇う物好きはいない……かもしれない。


「でも、ギルドに所属しないと冒険者は続けられない。なんとかして探すしかないね」

「その間の寝食はどうする?」

「それも何とかするよ。幸いこれまで稼いだお金は使わずに残っている。一人で数日、数週間生活するだけなら十分だ」

「一人ではない。私もいるんだぞ?」

「……ライラって食事するの?」


 ダンジョン内じゃ俺が食べているのを見ているだけだった。

 彼女は人間じゃない。

 だから食事も必要ないと思っていたんだけど……。


「どちらかといえば不要だな。なくても死にはしない。ただお前さん、上手そうな食事が目の前にあって、食べられる身体があるのに、我慢できると思うか?」

「……そんな理由、我儘だな」

「今日まで我慢していたんだぞ? どこが我儘だ!」

「はぁ……わかった。ライラの分も含めてなんとかするよ」


 生意気だけど、彼女のおかげで今の俺はいる。

 ほんの少しでもいい。

 彼女の要望にも応えてあげたいと……一応思ってはいるんだ。


「とりあえず準備できた。もう出発しよう」

「外は夜だぞ?」

「わかってる。でもボスには今日だけと言われていた。一日が終わるまでに出ないと、何を言われるかわからない」

「面倒だなぁ、いっそボスを倒してお前さんがギルドを乗っ取るのはどうだ?」

「はははっ、それは考えたことなかったなぁ」


 今の俺なら……あるいは可能かもしれない。

 けど、やっぱりだめだ。

 そんな非人道的なことしても、誰も従ってはくれない。

 何よりそれをすれば、俺はカインツと同類になる。

 仲間を裏切り、殺そうとしたあいつと……それだけは嫌だった。


 俺は小さなカバンを背負い、部屋を出て行く。

 夜は遅く、廊下を歩いていても他人とすれ違わない。

 誰も俺が出て行くことを気にしない。

 当然のことだけど、やっぱり空しさは感じる。

 一人寂しく、俺はギルドホームの外へ歩いて行く。

 その時だった。


「誰かと思えばレオルスじゃねーかよ」

「――!」


 確かに、空しいとは思った。

 だからって、この采配はないだろう。

 一番会いたくなかった……声も聞きたくなかったのに。

 俺たちは顔を合わせてしまった。

 あの日、ダンジョンで俺を囮にした張本人……。


「――カインツ」

「なんだよお前、生きてやがったのか。運のいい奴だなぁ」

「……」

「どうやって生き延びたんだ? ま、生きて帰ったところでお前はクビだけどな。ボスにもそう言われただろ?」


 軽快に、いつものように俺を煽る。

 感情が高ぶる。

 幾度となく聞いてきた彼の声が、言葉が、今はどうしようもなく腹立たしい。


「……なんで、平然としていられるんだよ」

「あん?」

「カインツ、お前は俺を囮にしたんだ。しかも嘘までついて、俺が裏切ったことにしたんだろ? そこまで非道をしておいて、どうして俺に話しかけられた?」

「は? んなもん、お前相手だからだろうが」

「――!」


 ああ、そうか。

 この男にとって俺は、捨て駒以前に人間とすら思われていなかったんだ。

 道端に落ちている石ころのように、蹴り飛ばしても気に留めない。

 カインツにとっては、あれを裏切りですらなかった。


「つーかさ、どうやって生き残ったんだ結局? それだけ気になるから教えろよ」

「……いいよ」


 俺は腰のポーチから結晶を取り出す。

 カインツは結晶を見て目を丸くする。


「そいつは!」

「あのダンジョンのボス、阿修羅の結晶だよ」

「ボスモンスターの? なんでお前がもってるんだ?」

「そんなの決まってるだろ? 俺がボスを倒したからだよ」


 カインツは面食らったような表情を見せ、すぐに笑みをこぼす。


「ぷっ、面白い冗談だな。お前がボスに勝てるわけねーだろ? 他のパーティーが倒したのを横取りでもしたか? だったら大問題だな~ そのパーティーが生きていればだが、お前だけ無事ってことは、ボスを倒した奴らは全滅したか」


 なるほど、そういう解釈になるのか。

 俺がボスを倒したなんて、カインツは微塵も信じない。


「けどまぁ、ちょうどいいぜ」

「……?」


 彼は笑みを浮かべ、右手を差し出す。


「それをよこせ、俺が貰ってやるよ」

「……は?」


 俺は思わず唖然とする。

 唐突にカインツが口にしたありえない一言に。

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