〖決断〗がインストールされました③

 気づかなかった。

 ボスの部屋には日付がわかるようにカレンダーが壁にかけられている。

 カレンダーは次のページに代わっていた。

 三十日で一か月、つまりはすでに一月以上経過したということ。

 ダンジョン内は太陽が見えず、景色も変わらない。

 体内時計が狂うから、正確な日付は気を付けて記録していないとわからなくなる。

 地下深くへ落下してから戦い続けて、日付を考える余裕はなかった。

 俺はいつの間にか、ダンジョンで一か月を過ごしていたらしい。


「ま、待ってください! 確かに契約は残り一か月でした! でも見てください! 俺はダンジョンから一人で生還したんです!」


 俺は両腕を広げてアピールする。

 クビにするなんて早計だと。


「そのようだな。一人で逃げ出しておいてよく生き延びれたものだ。幸運に感謝するといい」

「逃げ出した……?」


 何のことだ?

 首を傾げる俺に、ボスはあきれ顔で続ける。


「カインツから聞いたぞ。モンスターと遭遇して、一目散に逃げだしたそうじゃないか」

「……は?」

「仲間を放置して一人逃げる。裏切りにも近い行為だ。本来ならば冒険者としての資格を剥奪されても文句は言えない立場だぞ」

「何を……」


 言っているんだ。

 身体が震える。

 そうか。

 カインツは自分たちを正当化するため、ボスに嘘の報告をしたんだ。

 俺は一人逃げ出して、カインツたちは勇敢に戦い、なんとか生き延び帰還した。

 逃げた俺がどうなったかはわからない、と。

 悔しさと怒りで拳を握る。

 歯を食いしばり、ぐっと叫びたい気持ちを堪えて反論する。


「それはカインツたちの嘘です。逃げ出したのはカインツたちのほうで、俺は囮にされたんです!」

「……ほう」


 神妙な顔をして、ボスは腕組みをする。

 俺は続けて話す。


「モンスターに勝てないと判断したカインツは、俺を囮にして逃げ出しました。裏切り行為をしたのはあいつのほうです!」

「……レオルス」


 これが真実だ。

 事実を知ればどちらが悪か理解できるだろう。

 というのは、俺の希望でしかない。

 ボスは冷たい表情で言う。


「その話を信じる根拠はどこにある?」

「……根拠って、そんなの俺が体験した通りです!」

「だから、お前の話は信じられないと言っているんだ。お前が囮にされたのなら、なぜお前は生きているんだ?」

「それは――!」


 ライラのことを話そうとした時、ふと冷静になった。

 帰路につく途中、話したじゃないか。

 ライラのことは伝えられない。

 話したところで誰も信じてはくれないと。

 つまりこの問答、最初から俺を信じてもらう方法なんてなかったんだ。


「一人では何もできないお前が、強力なモンスター相手に何ができる? 運よく逃げられたとすれば、カインツたちを囮にして、自分一人でさっさと離脱したと考えるのが普通だろう」

「……」

「反論があるなら聞いてやる。ただし、相応の根拠をもって話せ。テキトーな話をするなら、その時はお前を冒険者組合に差し出すぞ」

「っ……」


 俺は腰のポーチをぎゅっと握りしめる。

 この中にはボスモンスターの結晶が入っている。

 これを見せれば、ボスの考えも変わるだろうか?

 いいや、ダメだ。

 きっとボスは結晶を見ても、どこでそんな偽物を用意してきた、とか言うだけだ。

 鑑定する方法は冒険者組合の屯所にしかない。

 ここでボスに結晶を渡せば、確認して本物だと気付くだろう。

 その時どうするか?

 最悪の場合、カインツたちの手柄として奪われてしまうかもしれない。

 だから俺は、溢れる気持ちと共にそっと隠す。


「お前はうちをクビになった。もうお前はうちの仲間じゃない。以後、勝手にこの建物に入ってくるな。特別に今日一日だけ、荷造りのために出入りを許可してやる」

「……」

「だがこれが最後だ。いいな?」

「……わかりました」


 俺はボスに頭を下げる。

 いろんな感情がこみ上げて、頭の中はぐるぐるしている。

 でもとりあえず、これが最後なのだとしたら、せめて挨拶だけはしておこう。

 曲がりなりにも一年間、大して何もできなかった俺を雇ってくれていたことには、感謝している。


「お世話になりました」

「ああ、せいぜい頑張れ。冒険者を続けるなら……もっとも、お前のような無能を、雇ってくれるギルドがあるとは思えないがな」

「……失礼します」


 俺はボスに背を向け、部屋を出る。

 バタンと扉を閉めてから、滝のように流れる感情を全身に浴びて、天井を向く。


「……結局こうなるんだよなぁ」


 わかっていたことだ。

 誰も信じてはくれないことくらい。

 それでも……ほんの少しだけ期待していた自分が、今はとても空しい。

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