〖決断〗がインストールされました②
俺が潜っていたダンジョンは、ギルドの拠点がある街の東に位置する。
徒歩で丸一日、馬車ならもっと早いけど、新人パーティーだから経費削減で徒歩移動だった。
実績を積んでもまだまだ対応はシビアだ。
カインツはよく、そろそろ馬車くらい用意してほしいぜ、とか文句を言っていたな。
「……」
「不安か?」
歩いていると、隣でライラが声をかけてきた。
「……まぁ、少しは」
「気にするだけ無駄だぞ、きっと。どうせ悩んだところで結果は変わらん」
「それはいい意味で?」
「どうだろうな。お前さんが一番よくわかっていると思うが」
「……」
そうだな、と、呆れながら俺は返事をした。
彼女の言う通りだ。
深く考えるまでもなくわかっている。
彼らが俺のことを捨て駒としか思っていなかったことも。
だからこそ、あの場面で真っ先に囮として活用し、自分たちは逃げ出したんだ。
あのカインツが、俺のことで後悔していると思うか?
「ありえないな」
むしろ逆だ。
いい判断だったと自分を褒めているに違いない。
カインツはそういう男だ。
だったら俺も、相応の対応をしよう。
「戻ったらまず、ボスにダンジョンで起こったことを報告しないとな」
冒険者組合が定めた規定により、ダンジョン内での裏切り行為はご法度だ。
閉鎖的な空間において、仲間との信頼関係、連携の有無が生存率を上げ、攻略に繋がる。
異なるパーティーや、ギルド間の対立は競争社会なら必然。
ただし、仲間同士で争うことは固く禁じられている。
もしも裏切り行為が発覚すれば、冒険者の資格を剥奪され、ギルドからも永久追放されるだろう。
俺のことを殺そうとしたんだ。
それくらいことになっても、文句は言わないでくれよ。
あとは……。
「ん? なんだ? エッチなことをするならせめて室内してくれよ。私にだって羞恥心はあるんだ」
「ち、違う! そうじゃなくて、ライラのことをボスにどうやって説明しようか考えていたんだ。そのまま伝えていいものか……」
「なんだそのことか。素直に伝えるのは推奨せんな。私の中にある記録は全て世界の根幹にかかわるトップシークレットだ。無関係の他人においそれと教えていいことではない」
「そうだよな。というか、話したところでたぶん信じてもらえないと思う」
俺の言葉に、あまり信用がないからだ。
そこはある意味よかった……と、思うべきなのだろうか。
本当のことは話せない。
だったらどうする?
ダンジョンで女の子を拾ってきました、なんて話でもしてみるか?
間違いなく言われもない誤解を生むだろう。
どこで攫ってきたとか、下手をすれば誘拐犯扱いされかねない。
「なんとか誤魔化せないかな……」
「それならうってつけの方法があるぞ!」
「本当か?」
「うむ! こうすれば解決だ!」
彼女はぴょんとジャンプする。
その直後、彼女の身体は淡く光り出し、小さく形を変える。
一瞬で変身したのは、あの日見つけた黒い本の姿だった。
「本になった?」
「これで持ち歩けば不審には思えないだろ?」
「しゃべれるのか!」
「当たり前だろ? 私は私なんだから」
どういう理屈かわからないが、本から声が聞こえるというのも不思議な感覚だ。
ご丁寧に肩にかけられるホルダーまでセットになっている。
確かにこれなら不審には思われない。
「ただのこの姿、自由には動けんし窮屈だからなー。あまり好きじゃないんだ」
「もうすぐ街も見えてくるし、このまま本の姿でいてくれると助かる」
「仕方ないなぁ、貸し一つにしてやろう」
あとでお返しに何を要求されるのか不安だ。
ため息を一つ、俺は帰路につく。
川を越え、森を抜けてようやくたどり着く。
何日潜っていたのかはハッキリ換算していない。
とにかく懐かしくて、安心する光景だ。
「おおー、ここがお前さんの活動拠点か?」
「そうだよ。ギルド『ワイルドハント』の拠点があるルルリエの街だ」
巨大な鋼鉄の壁に覆われた大都市。
総人口は、世界最大の都市である王都に続いて第二位。
王国の庇護下ではない街の中ではもっとも大きく、上位ギルドの半数が拠点をこの地に構えている。
俺が所属するワイルドハントも、数年前にこの街へ拠点を移動した。
冒険者やギルドにとって、この街は冒険の最前線であり、憧れの場所でもあった。
「戻ってこれたんだ」
改めて実感する。
奇跡がなければ、俺はダンジョンの奥深くで一生を終えていただろう。
ライラとの出会いに感謝を。
そしてこれから、冒険者として本当の一歩を踏み出す。
ただその前に、落とし前をつけてからだ。
「……行こう」
俺は自分に言い聞かす。
重たい足を運び、ワイルドハントの拠点に向かった。
近づくほどに知り合いが増える。
俺を見てヒソヒソ話す者もいれば、ケラケラ笑う奴だっている。
驚きよりも嘲笑のほうが多いのは、みんな俺のことを見下しているからだ。
言わせておけばいい。
俺がダンジョンを攻略したと知れば、きっと手の平を返すだろう。
今から楽しみだ。
皆が驚き、態度を変える瞬間が。
拠点に入り、ボスの部屋にたどり着く。
見慣れた扉の前で三回ノックして、ボスに声をかける。
「レオルスです! 入ります、ボス!」
「――! レオルス? ……いいだろう、入れ」
「はい!」
扉を開けると、ボスは普段通りに豪華な椅子に座り、テーブルの上で手を組んでいる。
「ただいま戻りました!」
「……生きていたのか。無事で何よりだ」
「ありがとうございます! ボス、ダンジョンでのことを――」
「それで? 何をしに来た?」
俺の言葉を遮って、ボスは冷たい視線を向ける。
背筋がぞくっとした。
怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく、ただじっと俺のことを睨んでいる。
「ボス……?」
「忘れたか? お前の契約期間は一年だ」
「一年……!」
まさか……そんな……。
「お疲れ様、お前はもうクビだ」
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