〖剣帝〗がインストールされました①
君は誰だい?
俺は今、その問いの答えを探している。
人間は生まれた瞬間、自分ってやつが確定する。
どれだけ努力しようと、自分以外の誰かにはなれない。
俺はレオルスだ。
それは揺るがない事実で、代わりようのない現実。
だけど……。
「……剣帝」
俺は右手に握った剣を見つめる。
身体が勝手に動いた。
まるで俺の中に、自分以外の誰かがいて、その誰かが身体を動かしたように。
パチパチパチと、拍手の音が響く。
俺は彼女に視線を向ける。
美しく、謎多き少女に。
「おめでとう。やったね」
「……君は――!」
誰なんだ?
その問いをかける前に、俺は膝から崩れ落ちてしまう。
全身に痛みが走る。
「くっ……」
「全身打撲に骨折もしてるよね? 内臓は無事かな? よくそんな状態で生きていられたよ。奇跡に等しい」
「はぁ……っ……」
「回復系のポーションは持っていないのかい?」
「それなら……ポーチの中に……」
落下の時に腰のポーチも外れて転がってしまっていた。
視界の先にあるのに、身体が痛くて重くて、上手く動かせない。
さっきはあんなに軽く動けたのに。
すると、ライラと名乗った少女は軽々とステップを踏むように歩き出し、ポーチを拾ってくれた。
そのままクルリと方向を変えて、地面でもがく俺の下に歩み寄る。
「私の正体が気になるよね? 教えるよ。ゆっくり休みながらね」
そう言いながら、彼女は地面に座り込み、俺の頭を自分の膝に乗せる。
俗にいう膝枕という状態だ。
可愛い女の子に膝枕されるなんて、人生で初めての経験だった。
こんな全身ボロボロで泣きそうな状況でなければ、ドキドキして胸がいっぱいになっていただろう。
彼女はポーションを取り出し、俺の口に運ぶ。
「飲んで、ゆっくり」
「う……」
ごくりとポーションを飲む。
普段はカインツたちに飲ませるために用意した回復系のポーションだ。
ギルドから支給されたもので、効果も高い。
打撲なら一瞬で回復し、傷ついていた内臓も修復される。
骨折の治癒にはしばらく時間がかかるけど、すぐ動ける程度にはなる。
「ありがとう。もう大丈――夫!」
起き上がろうとした俺の身体を、彼女はぐいっと抑え込み再び横にした。
驚く俺に、彼女はニコリと微笑みかけてくれる。
「無理しなくていいよ。ここはしばらく安全だから、身体と心を休めるといい。ポーションで傷は癒えても、心の疲労は回復されない。疲れているよね?」
「……ああ」
疲れているよ。
いろいろなことが一度に起こり過ぎた。
本来ありえないボス級モンスターとの遭遇に、カインツたちの裏切り行為。
絶体絶命の状況で、謎の少女ライラに出会った。
俺は改めてライラの顔を見つめる。
本当に綺麗で、髪と瞳なんて見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
「……君は何者なんだ?」
俺はようやく、聞きたかったことを口にした。
突然目の前に現れて、世界図書館の管理者とか、訳の分からない単語を並べられて……。
でも、彼女に触れた瞬間、俺のスキルは発動した。
記憶媒体にしか発動しない『インストール』のスキルが、どうして人間の女の子に発動したんだ?
それに俺は見たんだ。
無数の本が浮かぶ不思議な世界を。
その中の一冊を開き、読み取ることで流れ込んできたのは、主人公が物語の中で体験した人生だった。
「薄々気づいていると思うけど、私は人間じゃないよ。見た目は人間だけどね」
「……やっぱりそうなのか。だったら何なんだ? 人じゃないなら……モンスター……には見えないけど」
「当たり前だよ。一緒にされるのは心外だなー」
彼女はプンプンと不機嫌な顔をする。
本気で怒っているわけじゃなくて、そういうポーズなのがわかった。
「さっき、私に降れた時にお前さんは見たはずだよ。私の中に広がる世界を……何があった?」
「本があった。無数の……どれも見たことがない本ばかりだった」
「そう。その本たちはね? いつかどこかの世界で、誰かが歩んだ一生を記録した本なんだ。簡単に言うと自伝かな」
「自伝……じゃあさっき見たのは」
「〖剣帝〗、そう呼ばれた一人剣士の一生だよ」
あれが、実在した誰かの生涯だっていうのか?
剣を求め、剣に生き、最強を目指して歩き続けた男の生涯。
数々の強敵と戦い、仲間を失いながらも止まることをしなかった気高き魂を感じた。
あれはまさに、英雄の歩みだ。
「私の中に記録されているのは、自分以外の名を与えられた者たち。〖剣帝〗、〖賢者〗、〖魔王〗……伝説として語り継がれる偉業を残した者たち、言い換えれば英雄たちだけが、私の中に記録として存在し続ける」
「英雄たちの……記録」
俺は思い返す。
彼女の中に存在した本たちの数は、数百……いいや数千に達していた。
剣帝と呼ばれた男、それと同じような偉業をなした人物が、あれだけいるというのか?
「この世界に……それだけの英雄が……」
「違うよ。この世界に限らない」
「え?」
「お前さんは知らないだけで、世界は無数に存在しているんだ。よーく思い返してごらん? お前さんが見た剣帝の記憶も、この世界ではないだろう?」
「……そういえば」
見たことがない文化、言語、建物の構造。
世界の景色もまるで違った。
今より古い時代の話なのかと思ったけど、根本的に違うのか。
「世界は……無数に存在する?」
「そうだよ。ここではない別の世界で紡がれた英雄譚も含めて、私の中には保管されている。言っただろう? 世界図書館だって!」
彼女は自分の胸に手を当てる。
「私のこの身体こそが世界図書館、そして私の意識が管理者なんだよ!」
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