〖剣帝〗がインストールされました②

 荒唐無稽な話の連続だ。

 世界は他にもたくさんあって、その数以上に英雄譚も残されている。

 俺はさっき、そのうちの一つを見た……否、体験した。


「お前さんが私を連れ出してくれたおかげで、こうして自由に動ける身体を手に入れられた。改めて感謝するよ」

「俺が……?」

「持ち出してくれただろ? ほら、よーく思い出してごらん」

「……! そうか。あの本が君なのか」


 何も書かれていなかった黒い包装の本。

 思い返せばあの本のページに触れた直後に、彼女は目の前に現れた。

 

「本が人になったのか……凄いな」


 信じられないけど、もう他にもいろいろ起こり過ぎて驚きが薄れる。

 異なる世界の話を聞いた後では、本が人に変身するくらい、あっても当然だとすら思えてしまう。


「そうそう! これぞまさに、本人、ってやつだよ!」

「……え」


 唐突なギャグには違う驚きを感じて、思わず固まった。


「あれ? 面白くなかった?」

「……あんまり」

「そっかー……ま、とにかくお前さんのおかげだよ!」

「それはわかったけど、なんで急に変身したんだ? ページなら見つけた時にさんざん触れたと思うけど」


 あの時は何も起こらなかった。

 ただ外は真っ黒、中身は真っ白の本でしかなかったのに。

 俺のスキルだって無反応だったし。


「状況が違う。一つ、血で触れたこと。私を起こすためには血が必要だった。血の契約って聞いたことない? 物語の中で悪魔とするようなやつ」

「聞いたことあるけど……え? 悪魔なの?」

「たとえだよ。二つ目に、お前さん自身の意思が必要だった」

「俺の意思?」


 彼女はこくりと頷く。


「お前さんは強く思ったはずだ。こんなところで終わりたくない。運命を変えたいと。その強い思いに私は応えた。それから最後にもう一つ、これが一番重要だった」


 そう言いながら彼女は、人差し指で俺のおでこに触れる。


「〖インストール〗、私に接続可能なスキルを持っていた。世界図書館を利用する権利があったら、お前さんは私を目覚めさせることができたんだよ」

「このスキルが……君を起こす鍵だったってことか?」

「そんな感じ。鍵っていうより利用許可証?」

「……そんなすごいスキルだったのか、これ……」


 普段使っても、本の内容を素早く記憶するくらいしか効果はなかったのに。

 

「それはそうだよ。だってそのスキルは、世界図書館のために生まれたスキルなんだから。他のことに使っても大した効果は出ないよ」

「え、それってどういう……」

「おっと、説明は一旦終了だよ。起きてくれるかな?」

「え、ああ」


 言われた通りに起き上がる。

 時間も経ち、骨折もほぼ治癒された。

 痛みも引いて、身体を動かすのに支障はない。


「なんで急に」

「――敵だよ」

「――!」


 複数の気配が迫る。

 どしんと巨体が大穴から落下し、着地する。


「ミノタウロス!?」


 ガーディアンサーペントに匹敵するモンスター。

 巨大な牛人のモンスター……それも三体降って来た。


「他の階層にいたのが集まったんだろうね」

「最悪だ。一体でも厳しい相手なのに三体なんて……」

「心配ないよ。インターバルも過ぎている。今ならもう使えるはずだ。ほら、よーく意識を集中させてごらん。お前さんの中には、英雄がいるはずだよ」

「――!」


 自分の胸に手を当てる。

 確かにいる。

 ここに、この胸の中に一人、俺を助けてくれた英雄が、剣帝がいる。

 

「さぁ行んだ。君は誰だい?」

 

 彼女の問いに応えるように、俺は無意識に剣を抜いていた。

 さっきと同じだ。

 身体が勝手に動く。

 剣の使い方が、戦い方がわかる。

 

「お前さんはスキルで私の中にある本を記憶した。ただの本じゃない。ここにあるのは全て、英雄の生涯を記録した本だ」


 ライラは語る。

 俺は剣を振りぬき、ミノタウロスと戦う。


「本を通してお前さんは、英雄の知識、経験、能力を手に入れる。英雄を、英雄たらしめた力を模倣する。今のお前さんは、英雄の力を映す鏡だ」


 剣の才能はなかった。

 魔力の使い方も平凡以下で、なんの取り柄もない俺が、ミノタウロスと戦えている。

 体中から無尽蔵にあふれ出る魔力を操り、剣に纏わせ斬り裂く。

 ミノタウロスが持つ斧ごと粉砕する威力だ。


「英雄の力はお前さんの中にスキルとして保管される。発動持続可能時間は五分間。その間、お前さんは英雄の力の全てを行使できる」


 ライラの声が聞こえる。

 目の前の敵に集中しながら、離れた彼女の声にも耳を傾けられる。

 それだけの余裕があった。

 ミノタウロスは残り一体、俺を前に焦りを見せ、逃げ出そうとしている。


「逃がさない」


 足を斬り裂き動きを止めて、斧を持つ手を両断する。

 最後には心臓を突き刺し、とどめを刺した。

 倒れたミノタウロスは同時に結晶に変わる。


「はぁ……はぁ……」

「見事だ」

「これが……英雄の力……」

「そう。そして、それを引き出すお前さん自身の力だ」


 俺の力。

 何者でもなかった俺が、無能の役立たずでしかなかった俺が……手にした力。

 ゴミスキルと馬鹿にされたスキルの本来の使い方で、それを可能にする世界図書館ライラの存在。

 これだけ揃えば……俺でも戦える。

 なれるかもしれない。

 諦めかけていた夢……語り継がれるような英雄譚を残すことだって。


「――ふぅ」


 拳を握る。

 歓喜と、期待で。

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