〖無能〗がインストールされました⑤
「……っ」
生きている。
奇跡的に、俺はまだ生きていた。
ガーディアンサーペントの攻撃は、俺の背後に振り下ろされ、地面を砕いた。
なぜ動かない俺に外したのか。
おそらく逃げるカインツたちに意識がそがれ、手元がズレたのだろう。
おかげで直撃は避けられたけど、攻撃の余波で地面が崩れて、さらに下の階層へと落ちてしまった。
瓦礫と共に横たわり、周囲を見渡す。
「……ここは……」
どこだ?
地層が変わっているから、一つや二つ下に落ちたわけじゃない。
もっと深くまで落下した。
俺はかろうじて動く首を回し、さらに周囲を観察する。
「あれは……」
祭壇だ。
黄金の祭壇が目の前にある。
明らかな人工物だ。
まさか、ダンジョンの最深部まで落ちたのか?
だとすればここは……宝物庫?
それにしては殺風景で、黄金の祭壇以外は何もない。
俺は遅れて、祭壇に本が置いてあることに気付く。
「あの本……俺の……」
ギルドの書庫から貰った本だ。
ボスにも許可をもらって、ポーチの中に入れていた何も書いていない黒い本が、俺の血に染まって祭壇に置かれている。
落下の衝撃でポーチから抜けて飛んだのか。
いい具合に祭られているかのように、白紙のページが開かれている。
「……はは、まるで俺の人生みたいだ」
真っ白。
生まれてから十八年と少し。
誇れるものなんて何もない。
冒険者になってからも、誰の記憶にも残らないただの雑用係だった。
憧れでは夢には届かない。
そう、憧れだ。
俺が冒険者になったのは、憧れたからだ。
現実の冒険者にじゃなくて、物語の中に登場する英雄たちに。
彼らは勇敢で、強くて、格好良くて。
未知に飛び込み解明し、あらゆる英知を残していった。
そんな……いつの時代でも語り継がれるような存在になりたかった。
けれど俺には、スタートラインに立つ資格すらなかった。
最後の最後で仲間に見捨てられて……。
「ああ……もう……」
滑稽な一生だ。
このまま死ねば、皆に笑われるだろう。
いいや、笑われもしない。
きっと数日たたずして忘れられる。
本当にあっけない最期だ。
これで終わり……。
なんて――
「嫌だ」
身体が震える。
全身ボロボロで、骨も折れているはずだ。
流れる血も少量じゃない。
それでも俺は足掻くように、祭壇に向かって地を這う。
理不尽な最期なんて認めない。
こんなところで諦めたくはない。
改めて思う。
俺は英雄になりたい。
この先ずっと語り継がれるような、胸をすくような英雄譚を残したい。
「まだ……何もできてないんだ」
この気持ちは嘘じゃない。
たとえ才能がなくとも、自分の気持ちに嘘だけはつきたくなかった。
だからせめて、どこかに。
俺という存在の記録を残したい。
真っ白のまま……。
「終わってたまるか!」
俺はがむしゃらに、祭壇をよじ登り、白紙のページに触れた。
血まみれの手で。
「――よくぞ吠えた!」
その時、女の子の声が響いた。
どこから?
どこにもいない。
声が聞こえたのは、真っ白の本からで――
「本が……」
光を放つ。
みるみる形を変え大きくなっていく。
目を疑う。
さっきまで一冊の本だったものが、目の前で女の子になってしまった。
純白の髪に赤い瞳が特徴的で、どこか人間離れした雰囲気の少女に。
「感謝するぞ。おかげで私の身体を取り戻すことができた」
「君は……」
彼女は伸ばした俺の手をとり、その綺麗な胸に当てる。
「礼だよ。お前さんに私を使う権利をやろう」
「何を……」
「見えるはずだよ。お前さんの力なら……私の中に眠る記録が、数多の物語が眠る書庫が」
「――!」
【告】――世界図書館への接続を確認しました。
この時、俺のスキルは勝手に発動した。
俺がスキルを発動し、本の情報を読みよる時に聞こえる女性の声が脳内に響く。
そうして広がる無限の世界。
数多の英雄譚が本となり、俺の周囲に漂う。
「これは……一体……」
「私の名はライラ。世界図書館の管理者だ」
いつの間にか本が溢れる光景は消え、ライラと名乗る少女がニコリと微笑む。
世界図書館?
管理者?
一体何の話をしているのかさっぱりわからない。
「ゆっくり説明してあげたいけど、それは後だ。見ろ、敵が来る」
「敵?」
轟音が鳴り響く。
俺が落下した場所に、ガーディアンサーペントが一体落下してきた。
おそらく俺に斧を振り下ろした個体だ。
遅れて落ちて来たのか。
最悪の状況だ。
まずはここから逃げないと、でも手足がもう……。
「私の中の記憶を使え」
「え? どういう」
「いいから言った通りにするんだ! お前さんがそのスキルを持っていたのも運命に違いない。そのスキルがあれば、お前さんは英雄を扱える」
「英雄を……」
困惑する中、ガーディアンサーペントが武器を構える。
「時間がない! 早く私の胸に触れるんだ! 大丈夫、本はこっちで選んであげるから!」
「わ、わかった!」
何もかもわからない。
この状況も、彼女の言葉も。
だけど不思議と予感はあった。
この出会いが、俺の人生を変えてくれる。
俺は彼女の胸に触れる。
「うん、これがいい。今のお前さんにはぴったりだ」
直後、本が開く。
記憶が、記録が流れ込む。
それはとある少年が剣士に憧れた物語。
剣士の強さとは何か。
その答えを追い求め、仲間と共に戦い、最強を目指した英雄譚。
少年は物語の最後、人々からこう呼ばれた。
【告】――〖剣帝〗をインストールしました。
「さぁ戦うんだ! 今の君は誰だい?」
「俺は……」
不思議だ。
ボロボロだったはずの身体から痛みが消えている。
視界の端に落ちている剣を見つけ、一目散に駆け出していた。
俺は剣を握る。
途端、身体は勝手に動いた。
「――斬る!」
まるで物語の主人公のように。
刹那の一閃が、ガーディアンサーペントの首を両断する。
「それでいい。できたじゃないか」
「はぁ……はぁ……」
俺が、倒した?
どうやって?
自分でも今の状況が飲み込めず混乱する。
でも……確かに、俺が倒したんだ。
この一戦が始まり。
後に語り継がれる英雄譚の……序章だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
無能編はこれにて完結となります!
次回をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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