〖無能〗がインストールされました④

 ダンジョン探索から七日目。

 俺たちは順調に階層を探索し、ついに八階層まで到着した。

 

「なんだこのダンジョン、思ったより余裕だな」

「リーダーの指揮が適格だからですよ」

「確かに」

「僕たちは素晴らしい先輩を持ちましたね。例外もいるようですが……」

「……」


 彼らの輪に、俺は入ることができない。

 死線を越え、共に助け合い戦う彼らとは違い、弱い俺は見ていることしかできない。

 それを歯痒いと何度思ったことだろう。

 俺にも力があれば、彼らと肩を並べて戦うことができたのに。

 憧れだけでは何もできない。

 無能な俺はひっそりと、喜ぶ彼らの周りで素材を探す。

 ダンジョン内は未知が転がっている。

 見知らぬ鉱石、時には植物を見つけることもある。

 あとはダンジョン内の生態系を把握することも重要だ。


「……ん? この足跡……」


 見かけない足跡を見つける。

 何か大きなもの……身体を引きずっているような感じか?

 道が直線方向に抉れている。

 大蛇のモンスターなら何体かいるけど、毒持ちのポイズンスネイクだと厄介だ。

 早めに報告をしておこう。


「カインツ、この階層にポイズンスネイクがいるかもしれない」

「あん? あんなもん毒持ってるだけの雑魚だろ」

「その毒が強力だから注意を」

「関係ねーよ、今の俺たちなら毒出す前に殺せるからな! 怖いんならお前一人、解毒ポーションでも握りながら震えてればいいぜ!」


 がっはははとカインツは豪快に笑う。

 俺の心配は余計だったのだろうか。

 確かに、今の彼らの実力であれば、油断しなければ問題ない。

 けれどここはダンジョン、未知の空間だ。

 何が起こるかわからない。

 油断や慢心が死に繋がることだってある。


「……一応警戒しておこう」


 いざという時、すぐポーションで解毒できるよう準備しておく。

 それくらいなら俺にもできる。

 俺は予めポーションをカバンから取り出し、すぐ使えるように懐へしまう。

 

「おい! ちんたらしてんな!」

「うん!」


 置いていかれないように走る。

 大丈夫、彼は強い。

 油断さえしなければ、大抵のモンスターに遅れはとらない。

 もしもの時に逃げられるよう、ルートの確認だけは怠らないようにしよう。

 俺は目を凝らして後に続く。


「お! あれ下に続く坂道じゃねーか?」


 先頭を歩くカインツが坂道を発見する。

 俺たちが今いるダンジョンは、自然の構造をそのまま取り入れている作りだった。

 坂道を下れば次の九層にたどり着ける。

 

「急ごうぜ!」

「はい!」


 みんなが期待しながら駆け出す。

 一瞬遅れた俺も、置いていかれないように走り出す。

 その時、背筋が凍る。

 寒気だ。

 背後に何か、よくないものがいる。

 ドシンと大きな音と風が吹き、異様な圧力にカインツたちも気づいた。


「な、なんだこいつ……」


 俺も振り向く。

 そこにいたのは蛇のモンスターではない。

 確かに蛇の特徴もあるが、それは一部。

 蛇の下半身に、ミノタウロスの上半身を持ち、両手に黄金の斧を持つモンスター。

 

「ガーディアンサーペント……」

「嘘だろ! なんでこんな表層にいやがるんだ!」


 全員が青ざめる。

 ダンジョンには各エリアを守護するボスモンスターが存在する。

 ボスモンスターは他のモンスターと一線を画す強さだ。

 今、俺たちの目の前にいるのも、ボスモンスターに数えられる一体。

 本来なら二十を超える巨大ダンジョンか、エリア守護で待ち構えているはずの強敵。

 カインツの言葉通り、こんな表層に出現するモンスターじゃない。

 あの足跡はポイズンスネイクじゃなくて……。


「こいつだったのか?」

「ふざけんなよ! お前らさっさと九層に行くぞ!」


 勝てないと判断したカインツが仲間に指示する。

 俺も同意見だった。

 こんな相手、一つのパーティーでは手に負えない。

 帰り道は塞がれている以上、先へ進むしかなかった。

 が、もう一体が出現する。


「なっ、おい……」


 カインツの前に、二体目のガーディアンサーペントが出現し、九層までの道を塞いだ。

 ただでさえ強力なモンスターが二体。

 しかも前後の道は阻まれて、どちらへも進めない。

 絶対絶命だ。


「……一か八か、全力で走り抜けるしかねーな」

「無茶だよカインツ!」

「うるせぇ! それしかねぇだろ! お前もそんな重い荷物は捨てて走るぞ!」

「わ、わかった!」


 彼の言う通りだ。

 戦うなんて無意味、ならば逃げることに賭けるしかない。

 俺は背負っていた荷物を置く。

 大きすぎる荷物は邪魔になる。

 最低限、腰のポーチに入っている道具があればダンジョンの外まではたどり着ける。


「よし、じゃ……囮行ってこい」

「え?」


 身体が宙を舞う。

 背中を蹴られ、俺は吹き飛んだ。

 ふわりと浮かび、後方に迫るモンスターの前に落下する。


「よかったなレオルス! 最後の最後に役に立てたじゃねーか!」

 

 カインツが笑いながら叫ぶ。

 彼は俺が置いた荷物を自分が背負っていた。


 まさか……。

 荷物を置かせたのは、俺を囮に使うために邪魔だったから?

 たとえ荷物持ちでも、仲間だと思ってくれていると……信じていた。

 でも、違う。

 決定的に気づかされる。

 彼らにとって俺は邪魔者で、いつでも雑に使える捨て駒でしかなかったんだ。

 

 モンスターの斧が振り下ろされる。

 その瞬間まで俺は、逃げるみんなの姿を見ていた。


「この隙に逃げるぞ! 走れ!」


 ああ、崩れ落ちていく。

 何もかもが。

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