5

2日後・・・。




「ただいま、まり姉。」




18時半、あと30分で仕事も終わる頃にお客様が帰って来た。

こんなに早い帰宅は初めてなのでキッチンで洗い物をしながら驚いていると・・・




お客様は照れたように笑いながら私を見てきた・・・。




「まり姉がいる間に夜ご飯を食べたいと思って一旦帰ってきました。

夜ご飯、出来てますか?」




「はい・・・。」




“お帰りなさい”も言えないくらい驚いていて、そんな短い返事だけしか出来なかった。




明日の朝ご飯と夜ご飯の作り置きが入ったタッパーを冷蔵庫に入れた後、洗面所から戻ってきたお客様の前に夜ご飯を並べていく。




スーツを脱いだお客様・・・。

部屋着に着替えたその姿は完全にログアウトしたかのような姿・・・。




そんな姿を確認しながら夜ご飯を並べ終え、お辞儀をしてからまたキッチンへと戻った。




私が作る料理をこのお客様が食べる姿を見るのは初めてだった。

それに緊張をしながら少しお客様の方を見ると・・・




目が合ってしまった・・・。




それに驚きながら、心臓が止まりそうになる中、頭の上でとめていたピンを外して前髪を下ろした・・・。




そしたら・・・




「美味しいです!!まり姉!!」




と・・・。




お客様の大きな声が聞こえてきた。

それには安心しながら少しだけ笑顔になれた。




「俺の所以外の仕事、辞められませんか?

毎日まり姉にお願いしたいんですけど。」




私が作った夜ご飯をガツガツと食べていくお客様が私にもそんなことを言ってきた。

葛西さんにも電話で断られているはずなのに、私に直接こんな話をしてくる。




どう返事をするか悩んでいると・・・




「毎日まり姉に会いたいんですけど。」




今度はそんなことを言ってきた・・・。




そんな驚くしかない言葉に固まっていると、お客様は照れた顔で笑いながらキッチンにいる私の所まで歩いてきた。




そして、固まるしかない私を見下ろしてくる・・・。




「毎日まり姉に会いたいんですけど、ダメかな?」




そんな・・・




そんなことを言ってきて・・・




私の顔を・・・前髪で隠れている顔をジッと見詰めてきた・・・。




それに目を逸らしてしまいたくなったけど・・・




顔を上げてお客様を見上げ続ける・・・。




そんな私を見下ろしながら、お客様は恥ずかしそうな顔になり・・・




ゆっくりと口を開いた・・・。




「もしかしてだけどさ・・・」




そんな始まりに心臓が止まりそうになった・・・




止まりそうになった・・・。




そして、言った・・・。




お客様が、言った・・・。






















「まり姉って、岩渕さんだよね?」







そう、言った・・・。





小学校で6年間同じクラスだったお客様が・・・。





中学で別々になったお客様が・・・。





私の初恋だったお客様が・・・。





小学校の卒業式の日、私は告白なんてことをしてしまったお客様が・・・。





“難しいお客様”だった・・・。





私にとっては“難しいお客様”だった・・・。





初めて社会人になれたこの仕事で、お客様として再会してしまったのは初恋の人で・・・。





私が大好きだった人で・・・。





そんな人から出された注意事項・・・





“お客様と個人的に一切関わらないこと”




“お客様のことを絶対に好きにならないこと”





そんな注意事項、難しかった・・・。





私にとってはとても難しかった・・・。





苦しくなった・・・。





痛くなった・・・。





悔しくなった・・・。





それでも顔を上げ、お客様を見上げて・・・





「はい・・・。」





と、返事をした・・・。





返事をした・・・。





そしたらお客様はとても嬉しそうに笑っていた・・・。





とてもとても嬉しそうに、笑っていた・・・。





「俺、的場和雄(かずお)。

・・・覚えてるかな?」





そう言って、笑っていた・・・。





的場製菓の代表取締役の息子、26歳で副社長でもあるこの人がそう言って笑っていた・・・。





なんだか熱い眼差しを私に向け、笑っていた・・・。





そんな風に感じてしまうのは私がコミュ障だから・・・。





きっと、コミュ障だから・・・。





本当は普通に見下ろしているだけだと思う・・・。





昔も勘違いしてしまった・・・。





それで告白なんてことをしてしまった・・・。





だからこれは普通に見下ろしているだけ・・・。





きっと、それだけ・・・。





長い前髪の隙間から見える初恋の人の顔を見上げながら、必死にそう考え続けた・・・。

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