第8話 パレオとお尻
水着を吟味した振りを経て燈香たちと合流した。柴崎さんも交えてファミレスで昼食を摂り、海で遊ぶためのエネルギー補給を済ませた。
デパートを後にして公共交通機関に乗り込んだ。談笑しつつ乗り継いで鎌倉駅のホームを踏みしめる。
歩を進める内にツンとした香りが鼻腔をくすぐる。
程なく視界に砂浜が映った。鼻を突く潮の芳香に、咳を誘発しそうな砂の臭い。そして日光を反射する波打つ水面。海に来たと実感する瞬間だ。
「海だあああああああっ!」
近くで声が張り上げられた。人気に満ちた由比ヶ浜海水浴場を前に、浮谷さんが口角を上げて腕を掲げる。
頭上から降り落ちる日光に当てられて、染料で色を変えた髪が明るい色に輝く。毛髪の色に違わず水着も派手。マンゴーを塗りたくったように鮮やかだ。
「じゃ行ってくる!」
浮谷さんが手刀を振り上げた。放り投げられた上着が宙を舞い、鍛えられた肉体が露わになる。右手には水泳帽、左手ではゴーグルが光る。まるでプールに飛び込むような格好だ。
「ゴーグルに帽子まで用意とは奴め、ガチだな」
「水泳部らしいよ。知らんけど」
「知らんのか」
切り込み隊長が動いたことで、俺たちも水着になる流れができあがった。丸田の脱衣に続いて、女性陣が華やかなビキニとパレオで由比ヶ浜海水浴場を華やがせる。
「萩原さん、ビーチパラソルや浮き輪を借りに行きませんか?」
パレオ姿の柴崎さんに上目遣いを向けられた。燈香や魚見と比べるといささか目立たないものの、芍薬のごとき品の良さは活気ある砂浜の上でも薄れない。
「そうだな。丸田、魚見。場所取りを頼めるか?」
「おっけー」
「私の分の浮き輪もお願いねー」
了承を得て柴崎さんと道具を借りに行った。俺はビーチパラソルを、柴崎さんは浮き輪を借りた。
パラソルは予想以上に重い。思わず歯を食いしばりそうになったけど隣には柴崎さんがいる。男の
満を持して砂にビーチパラソルを突き立てた。ほとんど落っことしたようなものだけど矜持は守り抜いた。
内心ほっと胸を撫で下ろしてパラソルの影にシートを敷く。友人が脱ぎ落としていった上着を一か所にまとめて、拠点という場の荷物置き場を作り上げた。
華奢な二つの背中に続き、丸田がビキニのお姉さんへと駆け寄った。本当にナンパをする気らしい。俺は苦々しく口角を上げて友人の勇姿を見送る。
柴崎さんも燈香たちの後に続くかと思いきや、シートに背中を向けて屈んだ。お尻を撫でるようにパレオのスカートを下に敷き、その過程でお尻の丸みが浮き彫りになる。女性的なその仕草に左胸の奧がどきっとした。
細い腕がバッグの口に伸びる。
水でも口にするのかと思いきや、引き抜かれたのは紙の本だった。レンズの向こう側に見える視線が活字に落ちる。
「柴崎さんは本当に本が好きなんだね」
泳がないの?
口を突きかけた言葉を寸前で呑み込み、言葉を入れ替えて問いを投げた。泳ぐのが好きな人ばかりじゃない。海水浴の楽しみ方は人それぞれだ。
柴崎さんが本のページから視線を上げた。
「はい。少なくとも泳ぐよりは性に合うんです。日の下に出るのはあまり得意ではないので」
「日焼けしたくないってこと?」
「それもありますけれど、運動自体不得手な方なんです」
柴崎さんが苦々しく口角を上げる。
俺は微笑で応じた。
「そっか。実は俺もなんだよ」
レンズの向こう側で大きな目が丸みを帯びた。
「萩原さんも日焼けしたくないんですか?」
「違う違う。そっちじゃなくて、運動より本の方が好きってこと。俺の周りには本好きがいなくてさ、今まで語り合える人がいなかったんだ。よかったら柴崎さんが知ってる本の話を聞かせてくれないか? もちろん迷惑なら断ってくれてもいいんだけど」
「いえ! ぜひ話しましょう!」
柴崎さんが身を乗り出す。
俺はあどけない振る舞いを前に目をぱちくりさせて、小さく笑って口角を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます