第7話 タイプ違くね?
「柴崎さんは思ったよりひょうきんな人なんだな」
苦笑いで場を繋ぐ。会話のない時間を作って、その間に左胸の奧で高鳴る鼓動を落ち着かせた。他の三人よりも先駆けて仲良くなれた気がして、ちょっとした優越感を覚えた。
俺は新しい話題を探し求めて、繊細な指で挟まれた本に注目する。
「柴崎さんは本好きなの?」
「はい、大好きです。読むジャンルには
「へぇ、何が好きなの? 俺はサスペンスの類が好きなんだけど」
サスペンス。小説や映画などでハラハラする展開を売りとするジャンルだ。
未知が恐怖をもたらすホラーサスペンス。
狂人や異常者に脅かされるサイコサスペンス。
他にも犯罪を扱うクライムサスペンスなど、舞台やテーマによってその種類は多岐に渡る。
「サスペンス、私も好きです!」
柴崎さんが身を乗り出した。小さな顔がぱっと華やぐ。
意外だ。柴崎さんはあまり感情を表に出さないタイプだと思っていた。本のことだと表情筋が緩むのだろうか。
柴崎さんがハッとして俯いた。
「す、すみません!」
白い肌がお風呂でのぼせたように紅潮する。年相応な表情を前にして意図せず口元が緩む。ギャップも相まってとても可愛らしく映る。
俺はズボンのポケットに腕を突っ込み、引き抜いたスマートフォンの液晶画面に視線を下ろす。
「俺はそろそろ戻るよ。柴崎さんはどうする?」
「お邪魔したら悪いですし、もう少ししたら合流します。皆さんは萩原さんと合流を図るでしょうし、水着売り場に行けば会えますよね」
「だと思うよ。一応連絡先を交換しておくか?」
「ぜひ!」
柴崎さんがバッと立ち上がる。予想以上の食いつき具合に困惑すると、廊下にこほんと咳払いが響いた。
「その、何かの手違いではぐれても困りますから」
「ああ、そうだな」
俺は笑いをこらえながら柴崎さんとの距離を詰める。スマートフォンをかざして連絡先を交換し、水着選びのアリバイ作りに戻った。
◇
「あれ、燈香じゃん」
店舗に踏み入るなり華耶が目を丸くした。丸田と浮谷さんも目をぱちくりさせる。
「どうしたんだよ秋村? 萩原と水着選ぶんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、やっぱり海で驚かせたいなと思って」
顔に微笑を貼り付ける。
敦との関係が冷めてるから別行動したなんて言えない。笑顔、笑顔だ。不自然に見えないように努めるのみ。
華耶が口角を上げる。
「分かるーサプライズ大事だもんね」
「でしょ?」
話に乗ってくれた友人に感謝して歩み寄る。
「三人は水着の試着しないの?」
「選ぶ手伝いさせられてんだよ。かれこれ五着目だぜ? そろそろ自分の選びたいのになぁ」
「とか言って、丸田は華耶の水着姿を拝みたいだけじゃないの?」
「ば、ばっかお前! そんなわけないじゃないかー」
丸田が目に見えて慌てた。本当に分かりやすい友人だ。華耶はスタイルいいし気持ちは分かるけど。
「これ着てくるわ」
「ほーい」
華耶が水着を握って試着室に踏み入った。
衣擦れの音を経て、試着室のカーテンがシャーっとスライドする。
「これどうかな?」
華耶がセクシーポーズを取った。黒いビキニが白い肌によく栄えて、艶やかな雰囲気が醸し出されている。女性の私から見てもくらっとするくらいセクシーだ。
「すっげぇかっこいいね魚見さん! マジで女優かと思った!」
浮谷さんが表情筋をフル活用して感嘆を表した。
丸田と違って爽やか全開な笑みだ。華耶が照れくさそうに頬をかいてありがとうを告げる。表情声色全部使って感動を伝えてくれたんだ。華耶はさぞ気分がいいだろう。
私が敦に水着を見せた時はここまで全力で歓喜を表してくれなかった。素直に華耶が羨ましい。
「燈香はどう思う?」
「凄く似合ってると思うよ。大人っぽくて品があるし、華耶にぴったりだと思う」
「決めた! 私にこれにする!」
大人びた表情に満面の笑みが浮かんだ。華耶が店員と話を付けて、水着を購入して戻ってきた。私たちはこの後海へ行く予定がある。服の下に水着を着こんでいた方が後々楽だ。
「俺は何にしよっかなー」
「丸田はあれにしなよ。ブーメランパンツ」
「ビジュアル的になし!」
「丸田が着ると面白いのに」
「そんな理由で俺にブーメランを着せるな! 今日の海水浴はナンパも兼ねてるんだぞ⁉ かっちょよくないと嫌! 駄目ッ!」
「えー」
「えーじゃないよもーっ!」
丸田が声を張り上げた。どれだけ今日の海水浴に賭けてるんだろう。本気すぎてちょっと引く。
「秋村さんは水着選ばないの?」
浮谷さんが微笑みかけてきた。
丸田と違って下心を感じさせない笑み。背丈も高く見栄えする容姿。女子から人気があることは知っていたけど、こうして顔を合わせると納得だ。
「私はいいかな。華耶の水着姿で霞みそうだし」
「そんなことないっしょ。秋村さん綺麗なんだからさ」
「そうそう。燈香も水着新調しようよ。今日は萩原も泳ぐんだし、新たな魅力見せつけてこ?」
新たな魅力も何も、私たちは恋人として終わりかけている。水着を見せる見せないで悩む段階じゃない。
「そういえば浮谷はサーフィンするんだっけ」
「ああ。最近は毎週やってる」
「へぇ、かっこいいね。私やったことないんだけどサーフィンって面白い?」
「めっちゃおもろい! 今度秋村さんも一緒にやろうよ。二人で!」
「こらこらこら、秋村は萩原の女だぞ? 人の彼女に手を出そうとするな」
浮谷さんがくちびるを尖らせる。
「一緒に遊ぶくらい別にいいじゃん。それとも萩原って、そんなことも許さないくらい束縛する男なの?」
「それは分からんけどさ」
「じゃあよくね? 誰かに迷惑かけるわけじゃないんだしさ。むしろこの程度で秋村さんを責めるような奴なら、それこそ秋村さんの男には相応しくないっしょ」
丸田が口をつぐむ。一理あるだけに反論できない様子だ。
浮谷さんが肩をすくめる。
「そもそも俺ずっと不思議だったんだよ。秋村さんは活発系でしょ? 萩原はどちらかっつーと地味目だし、タイプ違くね?」
「あれでしょ? 自分が持ってない物を持ってるから惹かれたってやつ」
「それよく分っかんないんだよねー。どう考えたって運動好きは運動好き、本好きは本好きと一緒になった方がいいっしょ」
「頼むから面と向かっては言わないでくれよ? これから遊びに行くのに、険悪な空気になるのは御免だからな?」
丸田が複雑そうに表情をゆがめる。
浮谷さんの動向を許可したのは丸田だし、色々と責任を感じているのだろう。
丸田は普段ふざけているのに変なところで律儀だ。だからデリカシーのなさに目をつぶって友人やってるわけだけど。
「俺は思ったこと言っただけ。気に障ったならごめんな!」
「謝られてるきがしねぇっ!」
浮谷さんが陽気に笑う。私は反応に困って苦々しく口角を上げた。
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