第3話 想像力が足りないよ


「お前らやっぱここにいたかーっ!」


 廊下を背景に坊主頭が立っていた。友人が浮かべる笑みからは、無作法をなした申し訳なさなど微塵もうかがえない。


 俺は苛立ちを抑えて喉を震わせる。


「丸田、せめてノックくらいしろ」

「すまんすまん。ちょっと急いでたもんで」

「親しき中にも礼儀ありでしょ?」


 燈香も瞳をすぼめた。心なしか眼光がきつい。


 丸田が顔の前で両手を合わせる。


「だからごめんって。ところで二人は明日ひま? 部活は午前中で終わるし、午後からいつものグループで海に行こうと思ってんだけど」

「初耳だな。そんな話いつしたんだ?」

「さっき思いついたから休憩中にグルチャ飛ばした。お前らだけ返事がないから、気付いてないのかと思ってここに来たんだ」

「あー」


 俺はカバンに視線を落とす。


 俺たちは仲のいいメンバーでグループチャットを使っている。連絡事項がある時はそのルームを使ってやり取りする。


 スマートフォンはカバンの中。バイブレーションに気付けなかったようだ。


「みんな暇なんだね」


 燈香が平坦な声で述べた。皮肉の意図しか感じ取れない声色だ。


 丸田が気にした様子もなく続ける。


「おいおいリアクション薄いなぁ。海だぜ? 水着だぜ? デートスポットの定番だろうに」

「ああ、それが狙いか」


 意図せず合点の声が口を突いた。


 俺と燈香は周囲に恋人として認知されている。一時期初々しいさまを見せつけたこともあって、グループメンバーからは度々いじられていた。


 俺と燈香は同じ学年の同じクラス。日頃から顔を合わせて談笑する間柄だ。


 表立って喧嘩をしたら逃げ場がない。応援してくれた友人にも体裁が悪いため、俺たちはこうして関係良好を装っている。


 眼前の丸田も、俺たちがいまだにラブラブのカップルだと信じている。本人は友達のよしみでデートの機会を提供してやったつもりなのだろう。


 ありがた迷惑だ。互いに好いていた頃じゃあるまいし、仲良しの振りを演じ続ける身にもなってほしい。


「なぁなぁ行こうぜ? 他の連中は行くみたいだしさ」

「いや、でも私水着持ってないし」


 燈香も俺と同じ考えらしい。何とかお出かけを回避しようと試みた。


 だけど甘い、甘いぞ燈香。砂糖菓子よりも甘々だ。


「だったら行く前にデパート寄ろうぜ。他の連中も買い換えたいみたいだし」


 燈香が顔をしかめた。


 案の定だ。燈香は地頭こそ悪くないけど先見性に欠ける。だからこうやってボロを出す。


 まったく、想像力が足りないよ。


「んじゃ決まりな! 場所と日時は追って伝えっから。あーあ、俺も彼女ほしーなー」


 友人が踵を返して頭の後ろで両手を組む。


 廊下から強面が現れた。


「丸田ァ! 練習サボって何してんだゴルァッ!」


 坊主頭がぴょんと跳ねた。


 ドアから隆々とした体が現れる。強面に違わない恵まれた体格。まさにゴリラだ。


「せ、先輩! どうしてここに!?」

「お前を追って来たに決まってんだろうが! 部活サボってんじゃねえぞッ!」


 大きな手が丸い頭部をわしづかみにした。


「痛った!? 歩く! 自分で歩きますからッ!」


 友人が引きずられて廊下に消えた。騒々しかった室内が嘘みたいに静まり返る。


 意図せずため息が口を突いた。


 放課後を待って断りを入れるのは面倒だ。予定をでっち上げて断る段階はとうに過ぎた。下手をすると、そこまでして海に行きたくないのかと邪推されかねない。


「何その嘆息。私が悪いって言うの?」


 横目を振ると燈香が目を細めていた。


「誰もそんなこと言ってないだろ」

「目が言ってる」

「詩人か君は」


 燈香が形のいい鼻を鳴らして紙の本に視線を下ろす。


 俺は窓の向こう側に視線を送った。グラウンドでは相も変わらず青春模様が繰り広げられている。


 自分たちとの温度差を目の当たりにして、思わず二度目のため息をこぼしかけた。

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