第2話:諫言と噂

「ゆうお嬢様、私が遅くなったせいで負担をお掛けしてしまいました」


 ゆうお嬢さんの指示で番太が行き倒れを別邸に連れて行った少し後で、いつも通りの時間にやって来た大番頭の角兵衛が謝る。


「大番頭さんは時間通りに来ているのですから、謝る必要はありませんよ」


「来る途中でお嬢さんに用事を言付かった番太に出会い、事情は聞かせていただきましたが、行き倒れを別邸に連れて行かせる訳にはいきません。

 私から番小屋で預かってくれるように頼みました」


「私の判断は間違っていたの」


「お嬢さんのお優しい心根は素晴らしいですが、将来御師宿の女将に成る身としては、優しさを押し殺していただかなければいけません」


「ここの表に倒れたのに、直ぐに介抱できるここではなく、病になった者達にための別邸に行かせるようにしたのに、それでも甘いの」


「はい、お嬢さんは、中村の興玉之森で起きた、出家者の自殺騒動を聞かれた事はありませんか」


「私が幼い頃に神宮の森で起きた事件よね」


「はい」


「凄い騒動になっていたのは何となく覚えているわ」


「出家が首を括った木だけでなく、近辺にあった二本の木も切り倒しました。

 それだけでなく、深さ六尺掘り返して土を捨て、清浄な砂を入れて穢れを払わなければいけなかったのです。

 お嬢さんを含めた檜垣屋が、行き倒れて死んだ癩病の穢れを受けたとなったら、一の禰宜を間近に控えておられる、本家ご当主の足を引っ張りかねません」


「あっ、私が迂闊だったわ。

 檜垣屋だけの問題ではないのね。

 本家の大叔父様にまで類が及んでしまうのね」


「はい、外宮神宮十家は常に一の禰宜を競い合っております。

 上の者は下の者を蹴落とそうとし、下の者は上の者を引き摺り降ろそうとしております。

 身近な者の失態を見過ごしてはくれません」


「わかったわ、だったらどうすればいいの」


「番太は奉行所の手先ですが、山田三方会合衆の支配も受けております。

 町年寄を務められる大旦那様の命で、行き倒れを番小屋で預かってもらえば何の問題もございません」


「あのような所では死んでしまうのではありませんか」


「番太が暮らしている所でございます。

 奉行所の旦那方も立ち寄られる場所でございます。

 お嬢様が心配されるような酷い場所ではありません」

 

「わかりました、大番頭さんを信じます。 

 ただ、少し気になる事があるの。

 最近お伊勢参りをする癩病の人が増えている気がするの。

 これまでは四国の四十八カ所や肥後の霊場に行っていたはずよね。

 それがどうして此方に来ているか、その理由を調べて欲しいの」


「分かりました。

 伊勢の穢れは外宮の拝田、内宮の牛谷と決まっていますので、他の非人小屋のように、無宿になった者を収容する訳にはいきません。

 おそらく、神領以外の非人小屋に収容されていると思われます。

 ひとまず他所の非人頭に問い合わさせるとして、奉行所にも問い合わせた方が良いと思われます」


「全て大番頭さんに任せます。

 私は神楽の準備をしてきますね」


「はい、大船に乗ったつもりで全てお任せください」


 ゆうに全てを任された大番頭は、流石に十万の檀家を抱える大御師宿を陰から支えるだけの器量人だった。


 伊勢神楽を行う時には、檀家衆が屋敷や中庭に銭を撒いて穢れを払い功徳を積む。

 その銭を拾うのが伊勢の穢れを一身に受けている拝田衆と牛谷衆だ。

 檜垣屋には外宮の拝田衆が出入りしている。


 以前は出入りしている非人個人に報酬を渡していたが、今では拝田村に渡しており、村に必要な費用に充てられる分と、個人に渡される分を村長が管理している。


 それだけに非人個人ではなく村全体に頼みごとをしやすくなっている。

 そして非人達は奉行所の末端として町の治安維持や捜査の実務を担っている。

 朝晩木戸の開け閉めをする木戸番を非人の番太が勤めているのだ。


 死人行き倒れを片付けるのも、元々非人も役目だ。

 そんな死人や行き倒れに不信があれば、上役の同心に伝える事になる。


 大番頭は番太を通じて意中の見習同心に話しを伝えてもらった。

 ゆうお嬢さんは檜垣屋当主の一人娘で、婿を取らなければいけない立場なのだ。


 同じ地下権禰宜を務める町年寄り格か、三方年寄家、或いは神宮家の次男三男を婿に迎えるのが筋なのだが、お嬢さんの恋心をかなえさせてあげたい大番頭だった。

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