第8話 知らないメロディ
ジェットコースターのスタート音と同じブザー音が鳴った。アトラクションスタートの合図。
と、同時に中央のティーポットに10という数字が表示された。
なんだあの数字。
また何か謎や仕掛けがあるのか?
わからない。
すでにティーカップはどこかで聞いたような古いクラシック音楽に合わせて動き始めていた。
スローテンポの曲に合わせて、左右にティーカップが回る。
順平くんはしがみつくようにハンドルを握り、周りの黒いきぐるみたちに合わせて必死に左右にハンドルを操作している。
「あっ」と岡本さんが声を上げた。俺でもわかるくらい他のティーカップと動きがずれてしまった。
まずい、なにか起きる…………起きない!?
何も起きなかった。
動きを合わせるというのは違う意味だったのか?
いや、今視界のはしで確認できた。
ティーポットの数字が9に減っている。
「そうか、ミスが10回まで許されてるってことか!」と俺が叫ぶと皆が一斉にティーポットの数字を見る。
「なるほど。そりゃいくらなんでもいきなり周りに合わせて動かすなんて無理だよな」
「順平ーっ! 大丈夫だ落ち着いてやれ! まだ9回ミスしても大丈夫っっぽいぞ!」
俺たちの中にわずかだけど希望のようなものが感じられた気がした。
だってあと9回もミスできるわけだから。
これが3回とかだったら怖かったけど残り9回。かなり余裕がある。
それに、曲はかなりゆったりとしているし、メリハリも効いていてわかりやすい曲だ。
行けるかもしれない。
今回は一発でクリアできるかもと思った。
「だ、大丈夫じゃないよ……」
でも岡本さんだけは震えたまま、泣きそうになっていた。好きな人が死ぬかもしれないのだから無理もない。
「ねえ、とめて、辞めさせて! 無理だよこれ!」
岡本さんが中へ入ろうとするけれど柵は頑丈な上に中に入れないように覆われている。
岡本さんは走って、どこか中へ入れる場所がないか、探し回りだした。
柵はティーカップ全体をしっかりと覆っていて入れるところはどこにもない。
まるで大きな檻のようだった。
一人柵を叩き叫び続ける岡本さん。
俺は岡本さんの元へ近づいて「どうしたの?」と声をかけてみた。
「どうしたじゃないって、こんなの無理だよ辞めさせて!」
「でも、まだ残り9回もミスできるみたいだよ」
俺は少しでも安心させたくていったつもりだったが逆効果だったようで岡本さんは俺に掴みかかってきた。
「じゃああんたがやれば!? この曲知ってて言ってるの!?」
知らない。
クラシックの曲で何処かで聞いたことがある程度だ。
「ベートーベンの交響曲第7番第1楽章よ! そんな事も知らないくせに!」
それは知らなかったけど、曲名は知らなくとも曲自体は聞いたことがある。
たぶん順平くんだってそうだろう。
だったら問題ないんじゃないかと思った。
曲は盛り上がりを迎え、オーケストラがよく知ったメロディーを盛大に奏でている。
順平くんは少し慣れてきたようで、うまく曲の変化にあわせてハンドルを操作していく。
「あんたが知ってるのは有名なとこだけでしょ! この曲は、この交響曲はテンポが激しく変わることで有名なのよ! 調子も急に変わるし、後半のリズムなんて素人に取れるわけが、ないわ!」
そんな曲だったのかこれ。
もしそれが本当なら順平くんが危ない。岡本さんがこんなに焦っていた理由がようやくわかった。
よく知るリズムが終わって、聞いたことがないメロディーに変わっていく。
アトラクションはまだ終わりそうにない。
急に伸びやかなメロディーへ変化した。
「あっ」悲鳴にちかい声が上がる。またミス。表示は8になる。
「お願い、とめてぇぇぇ!」
岡本さんの叫びは壮大な音楽にかき消された。
順平くんは目に見えて焦っていた。
知らない曲、しかもテンポがさっきまでと全然変わっている。
そうなるともう目に頼らざるをえない。
周りの黒いきぐるみたちの手の動きに合わせて必死にハンドルを操作している。
だけど、ティーカップはハンドルを回すたびに自分自身も回る。
平衡感覚や左右の感覚がどんどんと崩れていく。
「く、くそ! くそっ!!」
順平くんは顔を必死に左右に振り、周りのティーカップの動きを見て、それに合わている。
少し遅れた程度ならミスにはカウントされないようだけど、左右を間違えたりすれば一発でカウントされるようで、またミスをして残り表示が7になってしまった。
「が、がんばれー!」
「後少しだー!」
なんて声援が飛ぶ。俺も一緒に声を出して応援する。
もう順平くんには俺たちの声は聞こえていないし見えてもいなかった。
ぐるぐると回され自分がどこにいるのか、右に回っているのか左に回っているのかもわかってないと思う。
曲は一度ゆったりと伸びやかなメロディーが続いていたと思うとヴァイオリンの激しいメロディーが始まり急激にテンポを上げた。
黒いきぐるみたちはメロディーに合わせ、左右に激しくハンドルを回す。
きぐるみたちは機械のように正確に、一つのカップも乱れずに動きを合わせている。
だから順平くんのカップの動きのズレが余計に目立っていた。
ヴァイオリンの早い旋律についていけず、一気にポイントが減っていく6,5,4,3。
と、思ったらまたメロディーが一瞬止まる。残り2。
卑怯だよこんなの!
そこからゆったりと、ためているかのようなメロディー。狼狽する順平くん。
そしてまた早まっていくテンポ。1。
そして、とうとう0の表示が出た。
とたん、目の前が赤く染まった。
暗闇の中で熱風と激しい光が同時に襲ってきた。
炎が巻き上がった。順平くんの乗っていたティーポットが炎上していた。
皆の応援の声が悲鳴に変わる。俺の隣で岡本さんの声にならない悲鳴。
ティーポットは激しく炎の柱を上げながら、荘厳な音楽が終わるまで回り続けた。
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