第7話 ティーカップ
ティーカップ
半円形劇場へ戻ってみると先程ジェットコースターと表示されていた電光掲示板の表示が変わっていた。
「次はティーカップへいけってことか」
「まだやらないといけないの……」
ボヤくやつはいるものの最初のような元気は当然なくなり、皆口数も減っていた。
あちこちにいる黒いきぐるみは動くやつと、動かずじっと止まっている二種類がいることに気づいた。
動くやつはただ園内を歩き回っているだけ。
止まっているやつは出口やジェットコースターの入り口、いくつかのアトラクションの入り口などに数体が固まって立っている。
俺たちを順番通りにアトラクションに乗せるためにいるのだと思う。
危害を加えてくる様子はなく、こちらが殴ろうと蹴ろうと反撃してきたりはしない。
俺たちはしばらく無言のままだったけど何も変化は起きない。
時計の針も止まったままで今が何時なのかもわからない。
「くそ、行くしかねえのか」
仕方なくティーカップへと移動した。
ティーカップはメリーゴーラウンドの隣で、すぐ近くにあった。
頑丈そうな柵で覆われていて、入り口からしか中に入れないようになっていた。
いくつかのティーカップを模した乗り物が中央には大きなティーポッドを模したオブジェを囲むように配置されていて、全体で一つのお盆にのった巨大なティーセットのようになっていた。
それぞれ電飾で飾られていてキレイなんだけどどこかセンスは古めかしい。
「この歳になってティーカップなんか乗らねえよな」
誰かがつぶやいたが返事するものはいなかった。
「うわ! びっくりした!」
岡本さんの驚いた声がした。大きな声に全員が一瞬体をこわばらせたのがわかった。
「なんだよ、急にでかい声出すなよ」
「あれ、見てみ」
「なにが……うわっ怖!」
よく見るとティーカップには黒いきぐるみが2体ずつ座っていた。
黒いのと、動かないし気配がないのと、電飾が逆光になっていたせいで気づかなかった。
確かに怖い。不気味で悪趣味だ。
無機質な目は何を見ているのかもわからない。
ただ、動かないタイプらしくこちらの様子を見るわけでもなく、ただ座っているだけだった。
入り口に電光掲示板がありそこにはこう表示されていた。
ティーカップの動きをあわせよう(5)
「また数字が付いてるな。チャンスは5回か。いやラストがあるなら6回なのか」
「今度はなんかわかりやすいな。ほかのカップと同じ動きをすればいいってことだろ?」
「いやいや、わかりやすいって言ってもそんなことできるか? 結構暗いし、見づらいし難しくね?」
「あ、一つだけきぐるみが乗ってないティーカップがある。アレに乗って動きを合わせろってことなんじゃね?」
前回に比べれば言っていることはわかりやすい。
ティーカップはその名の通りティーカップの形をした乗り物で昔の遊園地のど定番のアトラクションだ。最近の遊園地では逆に見なくなってきているけど。
ティーカップの中には椅子がついており、そこに客は座る。
音楽がなり、ティーカップの乗ったテーブルを模した床が回転する。
ティーカップの中央にはハンドルが付いており、それを回すと任意にティーカップを回すことができて、自分でぐるぐると回して遊ぶアトラクションだ。
そのティーカップで動きを合わせろというのだから、周りのカップに合わせてハンドルを操作しろ、ということなのだと思う。
「反射神経が求められるってことか?」
「そういうことなら、次は俺がやってやるよ」と順平くんが乗り出した。
「俺は頭はお前らほど良くないけど運動神経なら負けねえからな。きぐるみの動きに合わせればいいんだろ? やってやるよ。それにティーカップならジェットコースターみたいなことにはならないかもしれないしな」
「おい」と柿本くんが俺の方を見ながら順平くんの脇をひじでついた。
順平くんも「しまった」という顔をした。
「いや、気は使わないでくれ。今はここにいる皆が生き残ることだけを考えよう。だから変な遠慮とかなしで皆思ったことをどんどん言っていこう」と俺は言った。
「ま、待ってよ順平、危ないって」
さっきとは逆に岡本さんが順平くんを止めようとしている。
「でも誰かがやらないといけないだろ。さっきコイツが根性見せたしな」と俺の方を見ながら順平くんは言った。
「俺だけ何もしないなんてできねえよ。こん中で運動神経が一番いいのは俺だろ? 他のやつにやらせてもしものことがあったら俺が後悔すると思うんだ」
順平くん、いいやつだな。
俺がもし運動が得意だったとしてここで名乗り出られただろうか。絶対無理だ。
「順平……絶対クリアしろよ!」と岡本さんが背中をたたき「任せろ」と返した順平くんはティーカップの中へと入っていった。
さすがに、順平くんの足取りは重い。
だけど無理もないし、それを茶化すやつはいない。
ゆっくりと、ゆっくりとティーカップへと近づいていく。
その様子を全員が固唾を飲んで見守る。
周りのティーカップに座っている黒いきぐるみたちは順平くんが横を歩いていても、全く反応しない。ロボットなのか、生命体なのかすらわからない。
ティーカップの前まで来て順平くんの足が止まってしまう。
ここからでもわかるくらいに震えている。
無理をしてたんだ。俺たちのために勇気を出して一番手をやってくれてるんだ。
応援もできない。
やめろとも言えない。
「順平……」
岡本さんは両手を祈るように握りながら彼を見守っていた。
しばらくしてから順平くんは震えが止まったようで、こちらに手を上げ「じゃあやってみるわ!」と言ってティーカップに乗り込んだ。
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