第6話 下に上げる

 コースターが暗闇の中へと進んでいき、長谷川 杏奈の声が遠くなっていく。皆の応援の中で彩が俺の名前を呼んでくれた声が聞こえた気がした。


 コースターはゆっくりと音を立てながら最初の山を登っていく。

 俺はここが最も嫌いだ。

 さっさと上がればいいのに、これから来る恐怖を無駄に想像させられる。この山を登るドキドキ感がいいというやつもいるがそういうやつとは友だちになれそうにないね。

 ジェットコースターの後ろに乗ったのは何かで読んだけど一番うしろは前の車両が動くのを見てから自分の車両が動くから後ろのほうが怖くないんだそうだ。

 今回の場合、しっかりと頂上で手を上げないといけないわけだから余計に後ろにいる必要がある。

 

 前の車両が見えなくなった。その次の瞬間、一気にコースターが山を駆け下りる。

 体が浮いて反射的にバーにしがみつく。

 気持ち悪い! 怖い!

 しかもあたりは暗く、電飾がちらほらとついているだけで外の景色もパークの様子も何も見えない。

 あたりが見えないせいで余計に怖い。次にどっちに曲がるのか、何がおきるのかがわからない。

 これじゃあどこでどこに向かって手を振れば良いのかもわからなかっただろう。

 考える暇もない。

 コースターが減速したかと思うと次の瞬間にはまた体が浮き上がる。

 考えている暇なんかない。

 このしょぼいコースターはものの数分で終わってしまうんだ。

 最後にある一回転のときに手を上げないと俺も殺されてしまうかもしれない。


 練習がてら恐る恐る手を上げてみる。

 怖えええ!!

 すぐにバーに捕まり直す。

 なんだこれは正気か!?

 体がうまく固定できずに無重力の恐怖感が倍増する。

 手を上げて乗っている奴らは三半規管が壊れているんじゃないのか!?

 だがこれをやらないといけない。しかも最も体が浮いた状態になるあのフープの頂上で。

 俺にできるのか!?


 コースターが左右に揺れるのをやめて最後の山を駆け上がり一瞬の重力を感じた後、再度加速が始まった。これからフープへと入る加速だ。

 やるしかない!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジェットコースターで声を出すやつは多いと思うが、手を上げるために叫ぶやつはあまりいないだろう。

 俺は体中に力を込め、足を届く限りの場所に踏ん張り両手をまっすぐに上げた。

 壁を登るようにコースターがひっくり返っていく。からだが下へ、背中へ、そして頭へと重力を感じる場所が変わっていく。

 今すぐにでもどこかへしがみつきたい!

 からだをどこかへ固定したい!

 ふんばれ、俺!

 陸、佐藤! 俺に力を貸してくれ!


 瞬間。

 何もかもが止まったように思えた。

 時間が止まったような。

 音がなくなり、重力がなくなり、体の感覚もなくなった。

 頂上だった。


「え?」

 と声が出たときにはサイド加速が始まり、フープの後半を一気に突き抜けていく。

 俺はたまらずバーにしがみついてしまった。

 しまった! できれば手は上げたままにしておきたかったのに!


 その後全身に力の入らなくなった俺はなすがままに揺られているうちに気が遠くなり眼の前が真っ暗になった。

 ああ、失敗してしまったのか……。

 最後に思いだせたのは出発の時に俺の名前を呼んでくれた声だった。




「後藤くん! 後藤くん!」

「おい大丈夫か、おい!」

 気づくとそこには柿本くんの顔があった。近くで見るとやはり整ってやがる。

 体を起こす。

 怪我はない。記憶が蘇ってくる。とっさに首を触る。とくになにもなく、しっかりくっついている。

「俺は、生きてるんだな」

「よかった!!」

 柿本くんが思い切り力強く抱きついてくる。できれば女の子にハグされたかったけど、まあ気分は悪くない。柿本くんの体はとても熱く、俺の体が冷え切っていたのを感じさせた。


 歓声が上がっていた。

 みんな俺を心配して俺の周りを囲んでいたようだ。

 ようやく杏奈も泣きながらしがみついてきた。

 これだよ。英雄が帰還したら女の子がハグで迎えてくれる、これ。

 皆が口々にまさに英雄を称えるかのように俺のことを褒めてくれた。


「そうだ、ミッションはどうなったんだ?」

 電光掲示板を見るとそこには


 

 ゲームクリア



 とドット文字が表示されていた。

「よかった。うまくいったんだな」

 とようやく自分が生きている実感を感じで全身に汗が溢れてきた。

「怖かった、怖かったよぅ」杏奈がはずっと泣きながら俺から離れようとしなかった。

「お前すげえな! 根性ありまくりじゃん」

「無茶しすぎだよ」

 人生でこんなに感謝されたのは初めてだ。当たり前だけどな。命を本当にかけた勝負なんて普通は一生経験することなんてないのだから。



「それで、これからどうする」

「あの二人は連れて歩くわけにも行かないから申し訳ないと思うがここに置いていこう。あとから警察とかに運んでもらうしか無いよ」

 それには俺も同意だ。

「あと、黒いきぐるみたちは入り口を塞いだまま。ジェットコースターはもう動かなくなったし出口へ行くしか無いと思う」

「よし、じゃあまずはここを出よう」

 俺たちはジェットコースターのアトラクションを後にした。


 下へ降りるとさっきまで大量にいた黒いきぐるみの数は減っていた。通行人かなにかのうようにいくつかの個体だけが俺たちのことなど気にもとめないように歩いている。

 出口の方へ向かったけど、出口はやはり大量の黒いきぐるみが埋め尽くしていた。

 順平くんが殴りつけたりしてみたけど、黒いきぐるみは顔を飛ばされても拾い上げるだけで反撃もしてこない。代わりに次々に順平くんの周りに集まってきて前には進ませてくれなかった。

 やはり俺たちはまだここから出してはもらえないようだ。

 そういえば最初の半円形劇場で手に入れた紙には、「全て」のアトラクションをクリアして、と書いてあった。

 ということはここにある他のアトラクションもクリアしないといけないんだろう。



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