第9話 展覧会の絵
「順平ー!!!」
「大丈夫か順平!」
音楽が止まってティーポットの動きが止まるが、入り口は開かない。
やがて炎が収まり、そこには黒焦げになった人形のものが異臭と煙をあげていた。
熱と煙がすごく、近づくこともできない。
だけど、誰がどう見ても、そこにあるものはもう生きていない。それだけは医者じゃない俺たちにもわかった。
黒焦げになってしまったティーカップはどこからか現れてきた黒いきぐるみたちによって取り外されて中に黒焦げになったものを乗せたまま何処かへ持っていってしまった。そして新しいティーカップが設置されてからようやく入口が開いた。
燃えたティーカップを運んでいった黒いきぐるみたちの後を追おうとしたけど、また別の黒いきぐるみが大量に湧いてきて行く手を阻まれてしまった。
ティーカップに座っている黒いきぐるみたちは音楽が止まってからはピクリとも動かず、ただ静かな空間に、ふざけた色使いの電飾と、何かが焼けた匂いだけが残り続けていた。
どれくらい無言でいたかはわからない。
俺たちの周りには少しずつ黒いきぐるみが集まりだしていた。だがやはり危害を加えてくる様子はない。ただ俺たちを監視するかのように、急かすかのように、集まってきてそしてただ立っているだけだった。
電光掲示板をみる。変わらず
ティーカップの動きを合わせよう(4)
と表示されたままだ。
ティーカップのミッションは前回のジェットコースターのように勝手に始まってしまうわけではないようだ。誰かが座って始まることでスタートするようだ。
時計を見る。9:15分を指したままだ。
時間は止まっているのか俺たちの時計が壊れているのかわからない。
こういうテーマパークには基本的に時計は置かれていないと聞いたことがある。確認のしようはなかった。
誰も口を開かない。
岡本さんのすすり泣くだけが響いていた。彩が岡本さんの背中をずっと擦ってあげていた。
今回はどうすれば良いのかがはっきりわかっている。
だからこそ誰も口を開かなかった。
話し合う必要がないから。
音楽に合わせてティーカップのハンドルを操作すればいい。
ミスをして良いのは10回まで。
曲はベートーベンの交響曲第7番の第1楽章。
有名なフレーズの部分はみんな聞いたことがあるが後半の部分全てとなると殆ど知らない。
知っていたとしても相当なリズム感がなければあんな激しい操作なんてできない。
周りの動きを見ながら合わせることが不可能なことは順平くんが証明済みだ。
そして失敗すれば燃やされて殺されてしまう。
10回もミスしていいんじゃない、10回しかミスできないんだ。
いきなりオーケストラの中に知らない楽器と一緒に放り込まれて無理やり演奏させられるようなものだ。出来るわけがない。
無理だ。
無理に決まっている。
出口はすでに黒いきぐるみに埋められており、外へ出ることもできない。
答えがわかっているから、解決策を考えることができない。
どうすればいいのかわかっているからどうしたらいいと悩んでも答えなんて出るわけがなかった。
ずっと泣いていた岡本さんが立ちあがって、言った。
「あたしがやる」
すぐに柿本くんが止める。
「無理だ。順平でもできなかったのにお前にできるわけない」
「じゃあ誰がやるの」
誰も自分が、とはいえなかった。俺は目の前で順平くん炎に焼かれる姿と、隣で悲痛な叫び声を上げていた岡本さんの姿が今だに頭の中にこびりついて離れず、完全にすくみあがっていた。
「で、でも、順平は俺たちの中で一番運動神経も反射神経もよかったんだ。アイツはスポーツ推薦で北高に受かったんだし。そんな順平が無理なんだから――」
「違えよ」と岡本さんが吉田氏を遮った。
「このミッションに必要なのは反射神経じゃなくてリズム感。あとは曲をどれ位よく聴いてきたか、よ」
言われてみれば、たしかにそうかもしれない。
よくゲーセンに置いてある太鼓のゲームやパネルとリズムに合わせてタッチするいわゆる音ゲーという類は、ある一定より上のレベルは反射神経だけではどうにもならない。予め曲を暗記できているかどうか、練習量などのほうが重要だ。
「あたしね、実は子どもの頃からヴァイオリンやってたのよ。言うの恥ずかしくて黙ってたけど」
岡本さんの見た目は金髪でしかもやたら露出が多い服装でギャルそのもので俺がいちばん苦手なタイプ。ヴァイオリンといえばお嬢様の嗜み、のようなイメージを持っていた俺は正直驚いていた。失礼なことだと思うけれど。
「うちはお父さんがオケのメンバーやってたから。ああオケってのはオーケストラね。だからベートーベンの交響曲7番なら楽譜までわかるわ」
だから誰よりも先に気づいたのか。
「順平の敵はあたしがとる」
そう言って、目の周りを落ちた化粧で真っ黒にした岡本さんはティーカップへと向かった。
順平くんのように震えることもなく、岡本さんはまっすぐにティーカップへと向かい、何の躊躇もなく座ると「さっさと始めろ!」と叫んだ。
電光掲示板の残り回数表示が3に変化し、曲が流れ始めた。
あれ、これは……!
「さっきと曲が違う!?」
いきなりのアップテンポなメロディーから始まった。クラシック曲なのだろうけど俺は聞いたことがないメロディーだった。
「さっきと曲が違う!?」
いきなりのアップテンポなメロディーから始まった。クラシック曲なのだろうけど俺は聞いたことがないメロディーだった。
「えっ!?」と驚きを隠せない岡本さん。
いきなり曲は激しく速いテンポのメロディーで、黒いきぐるみたちはそれに合わせて狂ったように左右にハンドルを操作している。ティーポッドの表示が10から9になる。始まって2秒で1失点してしまった。
悲鳴が上がる。
「ムソルグスキーの『展覧会の絵』ね。キエフの大門。ほんっとこれ作ったやつ性格悪すぎ!!」
そう言って岡本さんはハンドルを両手でつかむと目を閉じた。
さらにミスがカウントされ残り8に。
見ていた全員が恐怖で固まっている中、岡本さんは慌てる様子もなく、まるでヴァイオリンを演奏するかのように、目を閉じたまま細い腕を動かし始めた。
「大丈夫……あたしならできる。見ててね、順平」
激しい曲に合わせて左右に振られるハンドルは完全にメロディーにシンクロしていた。
曲が一瞬止まる。
そのタイミングを知っていた岡本さんも見事に操作を中断し合わせる。
そして、今度は雄大なメロディーに合わせ極端にスローテンポに変化する。
それにも見事に合わせていく岡本さん。
「す、すごい!」
皆が歓声を上げる。
「うるさい! 曲が聞こえなくなる! 黙ってて!」
と岡本さんが一括した。全員が息を呑んで黙る。
そうだった。メロディーに合わせないといけないのに声援はじゃまになる。俺たちはただ息を呑み岡本さんを見つめていた。
管弦楽器による緩やかなテンポがしばらく続く。きっと美しい旋律なのだろうけどそれを聞いている余裕があるやつはここには誰もいない。
最初以降一度もミスはない。
岡本さんは完璧に音楽に合わせて見事に合わせている。初挑戦とは思えないほど。
だんだんと盛り上がっていくBGM。
壮大で幽玄な音楽にダンスを踊るようにシンクロする岡本さんをただじっと見つめている俺たち。
そして曲が終わった。
長いようで一瞬だったような気がした。
ミスの表記は8のままだ。
結局岡本さんはあれから一度もミスをしなかった。
電光掲示板の表記が変わった。
ゲームクリア
今度こそ俺たちは歓声を上げた。
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