第5話 課題の意味
誰も動けないままコースターが再び発進した。
その瞬間電飾版の数字が3から2へと変化した。
「見たか、今の。コースターが発進したら数字が減ったぞ」
「え、どういうこと? なんで減っていくの。ねえ、0になったらどうなるの!」
「そんなのわかるわけねえだろ!」
「とにかく落ち着こうよ。このままここで俺たちが喧嘩してたって何も良いことなんて無いよ」
柿本くんにはカリスマ性でもあるのかな。
彼の言葉で全員が静かになった。
「とにかくここから逃げよう。相手は大人数だけど武器なんかを持っているわけじゃない。全員で行けばもしかしたら外へ逃げられるかもしれない」
柿本くんが静かに言った。
「そうだな」
「でも……」
二人の死体へ視線を送る。
だが、二人を連れて行くわけにも行かない。
俺たちはジェットコースターの入口の階段へ向かう。
「うおっ!?」と先頭を歩いていた吉田 涼が声を上げた。俺たちも続けて小さく悲鳴を上げた。
入り口には大量の黒いきぐるみが立っていた。
外側を見る。階段は全てきぐるみで埋め尽くされており、アトラクションの周りにもどんどんと黒いきぐるみが集まりだしていた。
「どけ! どけよお前ら!」
吉田 涼や順平くんが必死に黒いくぐるみをどけようとするが、殴っても相手はきぐるみなので効果はなく、押してどけようにも数が多すぎて前に進むこともできない。
黒いキグルミは無機質な顔をただこちらに向けて立っているだけでやはり危害は加えてこなかった。
「ここから逃さねえってことか、くそ!」
揉み合いをしているうちに、コースターがまた戻ってきてしまった。
「こうなったら謎を解くしか無い」
「でもコースターに乗ったら……」
死んでしまう。二人の死体を前にそれは口にできなかったようだ。
「手を振れば良いんだろ。それなら俺にもできる」
柿本くんはコースターに乗るつもりだ。
柿本くんは陸と佐藤が手を振ることに失敗したと思っているようだ。
「あぶないよ、やめとけって!」
「だけど誰かがやらないと!」
またブザーが鳴り、セーフティーバーが降りる。
仲間に制止され、柿本くんはコースターには乗れなかった。
ゆっくりとコースターが発進し、電光掲示板の数字が2から1へと変わった。
「あれが残り1回なのか、最後の1回を指しているのかもわからないんだ。次のコースターに乗らないと俺たち全員どうなるかわからないんだ。次は俺に行かせてくれ」
「待ってくれ。俺は陸とは親友……友達だった。あいつのことはよく知ってる」
柿本くんは熱くなってしまっていたが、俺は気にかかっていることがある。
「あいつは運動神経もいいし度胸もある。たぶん手を振らなかったってことはないと思うんだ。だからあの下に向かって手を上げろっていうのは外に向けて手をふれという意味じゃないかもしれない」
「じゃあどういう意味なんだ?」
「わからない。だけど脱出ゲームと銘打っているからにはきちんと意味があるはずなんだ」
柿本くんはそれで少し落ち着いたようで何かを考えようとしていた。
だけど吉田 涼はまだ混乱して興奮しているようで
「そんなことわからねーだろ。ただ俺たちを皆殺しにしたいだけかもしれねーだろ」
と俺に怒鳴りつけてきた。
理不尽だと思う。
おれは親友が殺されたんだぞ。
だけどいまコイツと良い愛している時間はない。
「そうかもしれない。だったらどちらにしろ俺たちは終わりだ。だったらやれることをやるしかないんじゃないか」
「だけど、じゃあどうしたらいいっていうんだ」
そうだ。あの謎を解かないとおそらくまた首を落とされてしまう。
もしかしたら次の最後のチャレンジに失敗したら全員がそうなってしまうかもしれない。
考えるんだ。
謎を解かないと、せめて自分の中で答えを出さないと。
下に向かって手を上げろ。
よく考えると矛盾している。
手を上げているのに下に向かってと書いてある。
本能的に下という言葉を「場所」と捉えてしまっていた。
だけど本当は違う意味があるのか?
くそ、わからない!
それとも、手を振るタイミングなのか。それとも、下に誰かがいないといけないのか? いやここから出られないのにそれは無理だ。タイミングって言ったってこんなちっぽけなジェットコースターだ。どこで手をふれと言うんだ。
下には黒いきぐるみしかいないんだぞ。
だったら下というのは場所じゃない。
待てよ。
タイミングか。
陸も佐藤も手を降ったはずなんだ。言い換えれば手を上げていた。
もしかするとずっと手を降っていたかもしれない。
その二人がもしかすると手を振らなかったかもしれない場所がある。
このジェットコースターで唯一の目玉の一回転フープの部分だ。
さすがにあそこは手を振るのは少しむずかしい。
上下真っ逆さまになるので反射的に何処かに捕まってしまう。頭が真下になるのだから落ちないようにしがみついてしまうかもしれない。
俺だったら最初から最後までしがみついているけれど、佐久間 陸はともかく佐藤 芽依はしがみついてしまっていたかもしれない。
真っ逆さまになる。
頭が下に。
下に向かって上げる……。
「わかった! そういうことだったのか」
「何が分かったの?」と杏奈。
「下に向かって手を上げるっていうのは、コースターの一回転部分。あの頂上で手を上げろってことだったんだ」
「な、なるほど。たしかに言われてみれば……そういうことだったのか! じゃあ俺がそれを試してやる」と柿本くんが言う。
それっぽい答えではあるし俺もこれで間違いないんじゃないかと思うけど、ほんとうに合っているのか? 失敗したら死ぬんだぞ。柿本くんはまだ冷静とはいえないのかもしれない。
「待ってくれ、乗ったやつ全員があげていないと効果がない可能性がある。人数制限はどこにも書いていないんだから全員でやるなんて言うことはないと思う。だけど参加者があげてなければダメだと思う」
とうとうコースターが戻ってきた。
次が最後のチャンスかもしれない。
「言い出したのは俺だから、俺が行くよ」と俺は言った。
「待て、死ぬかもしれないんだぞ?」と柿本くんが言うけど
「お前だって乗ろうとしてたじゃないか。もし答えが間違っていたら俺のせいで死なせてしまうことになる。それに陸と佐藤は俺の友達だ。だから、俺にやらせてくれ」
「しかし……」
柿本くんが食い下がろうとしたが、他の仲間に無言で制止されてようやく諦めてくれた。
コースターの一番うしろに乗る。
それだけで本当に嫌な気分になる。
俺はジェットコースターが大嫌いなんだ。無重力になりあの体の浮く感覚も嫌い。遠心力で体が左右へ飛ばされそうになる感覚も嫌い。
だけどこれは絶対に俺がクリアしなきゃいけない。
陸と佐藤のためにも絶対に俺が。
「じゃ、行ってくる。もし失敗したらこの子のこと頼む」
「先輩! 嫌! 行かないで! 私一人残していかないで!」
「大丈夫だよ。こんなの悪い夢だ。たぶん。だから大丈夫だ。それにこれでうまく行かなかったらただのクソゲーだよ。そのときこそ皆であのきぐるみをぶっ壊して、めちゃくちゃにしてやろうぜ」
ブザーが鳴り、セーフティーバーが降りてくる。
俺はこの瞬間も嫌いだ。
試験前の静けさとか嫌いなんだよ。むしろ抜き打ちテストの方が好きなくらいだ。緊張とかしたくないんだ。
「頼むぞ!」
俺は無言で親指をあげて応える。
コースターがスタートし、電飾板の数字が1が0と表示が変わった。
失敗したら次はないってことか。俺には「次」なんてそもそもないけどな。
これを失敗すれば終わりだ。
ミッションを失敗した時どうなるか。それは最初の二人の様子を見れば明らかだ。全員殺されるんだろう。
だから俺は俺のためにも杏奈のためにも絶対に成功させないといけない。
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