第3話 ジェットコースター
俺は一気に血の気が引いた思いで上ずった声で言った。
「今の見たか? やべえってここ。早く逃げようぜ!」
「そ、そうだな。逃げるべきだよな?」と陸。当たり前だろ。
彩たちのグループも同じように逃げることにしたようで、出口の方へ向かって走っていこうとしてまた女子たちの悲鳴が聞こえた。
出口を塞ぐようにあの黒いきぐるみが立っていた。
しかも黒いぬいぐるみはよく見えない奥の暗闇からどんどんと現れてくる。すでに数十人分のきぐるみが出口を封鎖するように立っていた。
「全部ぶっとばしてやる!」
恐怖と怒りがごちゃまぜになったような声でいかついイケメンが叫んだ。
「よ、よせ。あの人数だぞ。要はこのパークはどうしてもこの脱出ゲームをやってほしいってことなんじゃないか? あのぬいぐるみもべつに危害を加えてくるわけじゃないんだし」
「そういう問題じゃねえだろ。無理やりやらされるのに腹が立ってんだよ俺は!」
「気持ちはわかるけど、女子もいるんだし、ここは抑えろよ、な?」
「そうだな。さっさとこのゲームを終わらせればいい」
「くそ。後で絶対クレームいれてやるわ」
結局彩たちのグループは強行突破は諦めることになった。
俺たちもその様子を見ていて強行突破する気に離れず、全員がジェットコースターへと向かうことになったのだった。
誰も乗っていないジェットコースターが定期的に動いては風を切る音と、金属が軋む音を響かせていた。暗い上に電飾も少なく、不気味としか言いようがない。
ジェットコースター自体は規模の小さいものでいくつかの山とメインの宙返りが一つある平凡な作りのやつだった。
陽キャグループはその怪しい雰囲気を警戒して中に入ろうとしなかったので、自然俺たちは追いつくことになった。
彩もいた。近くで顔を見るの初めてだ。お互いにすでに気づいてはいたけど。
なんとなく気まずい空気が流れたところで爽やかそうなイケメンが声をかけてきた。
「おれは北高の柿本 湊斗っていうんだけど、君たちも高校生?」
すごく爽やかに聞いてくれたおかげで俺たちの方も少し安心した。
少なくともこの人達は俺たちと同じ高校生で、巻き込まれただけだ。
「俺たちは西高です。俺とコイツとこの子は二年で、この子は一年」
「おお、マジか、よかったあー。いい人そうで」
お前のほうがいい人そうだよ、と思った。
「俺らは全員高二だよ。ってことは君たちとはタメってことだからお互いタメ口でいいよね?」
「うん、いいよ」と俺は勝手に承諾した。そこに畳み掛けるように「でさ、さっきの見た?」と柿本くん。俺は無言で頷いた。
「やばくね。あやしすぎんだろあれは~」
仲間が増えたことで少し気が大きくなっているのか柿本くんは結構余裕がありそうだった。
「で、君らもこの脱出ゲームとかいうのやることにしたんだろ? だったら一緒に回らないか?」
願ってもない申し出だった。
俺たちはたったの四人。しかも一人は後輩。俺がよく見知っているのは親友の陸だけだし男の数も少ないし正直心細かった。
「そっちがいいならぜひ頼むよ」また俺は勝手に承諾した。
「じゃあ決まりだな! 簡単に紹介しとくわ。このいかついのがFFF。さっき騒いでたのがコイツだよ」
「いや、あれは騒ぐでしょ! ヤバいってマジ」
北高は偏差値が西高より高いのにこの人は語彙力がない。
「ちなみにコイツスポーツ推薦だからバカだよ。まあ体力はやばいけど」
なるほど。
「んで、こっちの金髪がHHHでメガネかけて頭良さそうなのがIII」
「良さそう、じゃなくて実際良いんだよ」
「あと、こっちの子が本郷 彩で、あっちの金髪の子が岡本 めぐみ」
彩と目があったけど、お互い今は知り合いだと言わないほうがいい雰囲気、というよりそんな事言ってる場合じゃないと思ったのか普通に「どうも」なんて会釈をかわすだけだった。
俺たちのメンバーも紹介し終わってから柿本くんが言った。
「じゃ、さくっと終わらせますか!」
足元が見づらい鉄の階段を昇っていく。とうぜん他の客は居ないからすぐにジェットコースターの乗り場までやってきた。
無人のままジェットコースターが発進していき、そして返ってくる。
ジェットコースターには外側に電飾がついていて、外から見ると今どこにいるかがよく分かるようになっていた。
「これに乗れば良いのかな?」と柿本くんが言うと「待って! あれ見て!」と彩が指差しながら言った。彩の声を聞いたのは一年ぶりていどだったのに、なんだか胸が締め付けられるような懐かしさを感じた。
彩が指差す方にはまた電光掲示板が置いてあって、赤いドット文字でこう表示されていた。
下に向かって手を上げよう(5)
「なんだあれ。どういう意味だ?」全員が訝しむ。
すでに十分怪しいのだけど、金がかかってそうな割に古臭い電光掲示板が使われているのはなんとも気味が悪い。これが演出というのなら効果は十分だ。
「なるほど。脱出ゲームっていうからには謎解きみたいなものがあるんだな」
俺は脱出ゲームというものをやったことがないのでよくわからないが、そういうものらしい。
じゃあどこかで俺たちが謎を解いたかどうかを判断する人間が見てるってことじゃないのだろうか。
「まあ、ジェットコースターにのってて手を上げるって結構こええからな。だけど、このしょぼいジェットコースターなら余裕じゃね? 下に向かって手をふれってことだろ。小学生じゃあるまいし、簡単だよ」と陸はなんだか楽しそうに言った。
「あの5ってのは?」
「最低5回はふれってことじゃないか?」
ジェットコースターが得意なやつは何を思ったのかより怖くなるようにセーフティーバーから手を離し、バンザイの格好をするやつがいることは知っている。
俺はジェットコースターのような無駄に自分のみを危険に晒すような行為は無意味だと考えるなのでいつもバーに全力でしがみついているのだが、今回はそうは行かないらしい。
そうこう言っているうちにジェットコースターが戻ってきた。
一つしかないのか。ふつうコースターって複数あるもんだと思ってたんだけど、小さい遊園地だからか。
コースターが俺達の前でとまり、セーフティーバーが上がる。
小さなジェットコースターで四人乗りのものが二つくっついており、八人が定員だ。
「じゃ、俺乗るよ。夜中のジェットコースターもわりと面白そうだし、俺ジェットコースター得意だし」と陸が言うと「じゃ私隣! 私もジェットコースター好き!」と言って佐藤が隣に乗り込んだ。
「おい、大丈夫なのか?」
「余裕だって、俺ジェットコースター得意だし。上から手を振るから見ててくれよな」
そういう意味じゃないんだが。
二人は完全に脱出ゲームを楽しんでいるようだった。
「わかった。無理はすんなよ?」
「大丈夫だって。お前とは違うんだし」
「うるせえよ」
と笑いながら陸は答えた。
「もし失敗したら次お前乗れよ?」
「うぇ、俺かよ。別にいいけど」
「約束だからな。軽くクリアしてやるから心配済んな」
「そうそう。陸とはもっとすごいジェットコースターに乗ったことあるもんね」
わざわざあの気持ち悪い体験を好んで受けようとする。
俺には理解できない人種だ。
「俺たちも誰か挑戦するか?」
「はいはい、あたし乗りたい」とギャルの子、確か名前は岡本 めぐみさんといったっけ。
「は? 俺は嫌だぞ。ジェットコースターとかガキの乗りもんじゃねえか」
おそらく、ギャルの岡本さんといかついイケメン村上 順平は彼氏彼女なのではないだろうか。そんな雰囲気を感じさせた。
「はー? 順平ビビってんの?」
「ビビってねえよ。それにこれ、なんか小さくて窮屈じゃん」
順平氏はこの中でも一番ガタイがいいので小さなジェットコースターでは窮屈だったと思うが、どうみても怖がっているとしか思えない。
「あービビってるー。だっさー!」
「うるせえ。乗るならお前だけで乗れよ」
「ぷぷぷ」
そんなしょうもない見るに堪えないクソカップルのやり取りを眺めていたらブザーが鳴った。発信の合図だろう。
間もなくしてセーフティーバーがゆっくりと降りてくる。
「ほらー順平がビビってるから乗りそこねちゃったじゃん~」
「ビビってねえって言ってんだろ」
結局、陸と佐藤の二人だけでジェットコースターは発信することになった。
ゆっくりとコースターが進み始めた。
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