第2話 黒いきぐるみ
へんてこな音楽が流れ始め、ショーが始まった。
陽キャグループは無駄に大きな拍手と歓声を上げていた。完全に馬鹿にしている。
だが無理もない。
観客は俺たち合わせて全部で十人。
これでは笑いもする。
「これより特別イベントを始めます」
下手くそな裏声のような、機械で作ったような音声が聞こえてきた。
特別イベント?
ゴールデンウィークだから?
アナウンスが有ったっきりで舞台の上には何も出てこない。
陽キャグループがどよめきのような歓声を上げてはしゃぎ始めていた。
うるさい連中だ。
奴らは「あれやばくね?」「まじすげえ」なんていいながら全員が上を見上げている。
言葉も品がない。
「おい、奏太! 上見てみろ」
と陸が俺の肩をひっぱったときにはすでにあたりが暗くなり始めていた。
黒い布のようなものが天井にどんどんと広がっていく。
最初はこの劇場の上にガラスの屋根でも付いていて、それを覆っているのかと思った。
だけど違う。
劇場じゃない。もっとでかい。遊園地全体を覆うように黒い布は広がっていく。
青空だった場所は黒で覆い隠され、そのまま完全に帳を下ろしたかのように遊園地は黒い布に覆われてしまった。
どんな技術だ?
こんな寂れた遊園地のくせに見たこともないような超最新テクノロジーでも使われてるってのか?
あたりは完全に夜のような暗闇に包まれた。
とっさに時計を見る。
AM9:15と表示されていた。
そりゃそうだ。
まだオープンして間もない。日が暮れるわけもない。
「どうなってんだ」
「なんだこれやばすぎ」
「すげえよすげえ!」
あっちのグループでもこっちのグループでも、それぞれが興奮して騒ぎ立てる。
俺の袖をちょいちょいと引いて杏奈が「ね、ちょっと楽しいねこれ」と、嬉しそうに言った。
思いもよらぬサプライズイベントによって杏奈が喜んでくれてよかった。
だけど、俺はこの暗闇に言いようのない不安を感じていた。
大きなレバースイッチを入れたような音がした。
その瞬間、遊園地全体に夜用のイルミネーションが点灯した。
かなり古いデザインのアトラクション達だったが、イルミネーションに飾られればそれなりにキレイに見えた。
「陸、すげえなここ。これで人気がないのは信じられねえわ」
「いや、おれもこんな演出は初めて見た」
パンパンパンとクラッカーのような音がして一瞬ビクつく。女子は短い悲鳴を上げた。
それくらいの異音だったから。
せっかくの盛り上がりに水を差す、下手くそな演出だ。
音がしたのはステージの中央。
そこには古臭い電光掲示板が置いてあり、赤いドット文字で
ゲームスタート
という文字が書かれていた。
「どういうことだ? ゲームスタートって」
「あそこ、なんか紙が置いてあるけど」
いつのまにかゲームスタートと書かれた電飾板のしたに白い紙が光を反射して目立っていた。数枚あるようだ。さっきまではなかったはずだ。俺たちが夜に変わる様子に気を取られている間に置いたんだろうか。
「ちょっと見てくるわ」といって陸がその紙を拾をいにいって、持ってきた。
「なんだこれ……」
紙には印刷されたような文字でこう書いてあった。
メモリアランド特別イベント
『脱出ゲーム』
全てのアトラクションをクリアして脱出しよう
「脱出ゲーム?」
俺がわからないという声をだすと佐藤が答えてくれた。
「ああ、それ知ってる。なんか実際の部屋とか使ってさいろいろ仕掛けとか問題みたいなやつを解いていって外に出るってやつだ」
「あー、なるほどね。閉園寸前だからそういう流行りに手を出したってことか」
俺はひねくれた返事で返した。
「それにしちゃあかなり金かけてるよな。この夜の演出っていったいどうやってるんだ?」
と、陸は紙をカバンにしまいながら言った。
「ま、いいか。ちゃちゃっとやっちまうか?」
俺はアトラクションなんかの体を動かすものよりもどちらかといえばゲームとかのほうが好きだったので少し面白そうだなと思っていた。
「そうだな」と俺は返事はしたが、納得はしていなかった。いくら園が用意したものだといっても強制的に参加させるというのはちょっとおかしいんじゃないか。
園全体が暗闇に包まれている。
これでは全員が参加するしかない。
「はーめんどくさーい。あたしはパース」
「俺もー」とあちらのグループではギャルっぽい女の子などが不平を漏らしていた。
そうそう。今どきの若者は強制されると逆に反抗してしまうのよ。昔からだっけ。
「まあまあ、そんな事言わずにさ、おもしろそうじゃん?」
爽やかなイケメンがそんな事言うけど
「あーおれも頭使うやつとかあんま好きじゃねーから、お前らだけで行ってこいよ」
とか言い出すいかついイケメンもいる。
「仕方ないな。鈴木はどうする? お前こういうの得意だろ?」
「いや、得意ではないよ。一度もやったことがないからな。だが問題を解くというのなら興味はある」
「うわ、キモ」
「そういうこと言うなって」
会話を盗み聞きしていた限りでは、あちらは脱出ゲームに参加するものと参加しない者に分かれてしまうようだった。
彩はどうするんだろうか。
またガコンという音がした。
さっきまで「ゲームスタート」と書いてあった電光掲示板に今度は
ジェットコースター
という文字が浮かんでいた。
なるほど最初はジェットコースターへいけということなのだろう。
脱出ゲームは始まってしまったようだ。
でもこれじゃあ、後から来た人はどうするんだろう。
まさかあの紙を勝手に拾って勝手に始めろということか?
だとしたらいくら凝った演出でもサービスが悪すぎる。
そりゃあ誰も来ないわけだ。
「じゃ、行ってみるか。気に入らなかったら途中でやめてアトラクションにいったっていいんだしさ」
と陸が明るく言った。
「そうだな」
俺たちはぞろぞろとジェットコースターの方へと向かった。
彩たちのグループは二人が残り、四人がジェットコースターへと向かうようだった。
ジェットコースターへと向かう中には彩もいた。
この脱出ゲーム、他の客とも一緒に協力するタイプなのだろうか。
だとすると彩とも話すことになるのだろうか。何となく気まずいなそれは。
俺たちが陽キャグルと微妙な距離を開けて歩いていると、後ろの方で怒声が聞こえた。
慌てて振り返る。
「おい、何だお前ら! ぶっ殺すぞ!」
叫んでいるのは残っていたいかついイケメンだ。
そのイケメンのまわりをさっきのリスだかネズミだかのきぐるみが取り囲んでいた。
それは異様な光景だった。
そのきぐるみたちは全身真っ黒だったのだ。
夜の遊園地。電飾の量が足りず距離が離れると殆ど夜と変わらない不気味な雰囲気の中、そのきぐるみは全て真っ黒で白目の部分だけだ浮いて見える。
いくらなんでも趣味が悪すぎる。
こんな演出、子どもだったら確実に泣き出してしまうだろう。
俺だっていきなりあんなのに出会ったら少しくらい漏らしてしまうかもしれない。
あのいかついイケメンがあそこまでキレるのもわからなくもない。
「お前らいい加減にしろや! おい顔見せろ。文句言ってやるわ」
いかついイケメンは一体のきぐるみの大きな頭を太い腕ではたくと、きぐるみの頭部が落ちてしまった。
が、中には人が入っていなかった。
――きゃあああああああああああああああ!
もう一人のギャルっぽい子が悲鳴を上げた。
「なんだよこれ、なんだよこれ!」
いかついイケメンも大声を出しているけど怯えているのがわかる。
頭を吹き飛ばされた黒いきぐるみは落ちた頭部を自分でひろうと元の位置にくっつけて何もなかったのように、二人の周りに立ったまま動かない。
「なんだあれ、機械で動いてるのか?」
俺が興奮気味に言う。
「聞いたことねえし、きぐるみをロボットにできるくらいの金があるならまず改装するだろ普通」
と、陸。
「じゃあなんなんだよあれ!」
「知らねえよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょうよ先輩」
杏奈が言うと、佐藤が頷きながら言った。
「そうだよ。一旦落ち着こう」
俺たちの視界の先で、叫び声を上げながら駆けるいかついイケメンとギャル。彼らは前を歩いていたグループに逃げ込こむように合流した。そして、黒いきぐるみはやっぱり動かないままだった。
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