第43話 二人の奥の手

「マクラギさん! 今から奥の手を出しますので……逃げてくださいっ!」

 テナテナリは杖を地面に突き刺した。

「いや、私にも奥の手があるんだけど……本当は使いたくないのよね……」

 テナテナリの杖から一筋の光が放たれると、空が灰色の雲で覆われた。


「お師様、まさかアレを……いやマズイですよ! みなさん逃げましょう!!」

 エタンが叫んだが遅かった。


「出よ魔王! 夜影の神よ!」

 地面に刺した杖をテナテナリが抜くと、開いた深い穴から緑色のヘドロが吹き出した。

「おばちゃんっ、それは……」

「メイナグの砂漠で拾いましてね、使い魔として契約をしたのです。あなたが退治したのでしょう? 弱りきっていましたよ」

「まるでペットね」

「あなたの命を奪えば失格になりますので、そろそろ降参してくれませんか」

 空に緑色の霧が広がっていく。


 〝ミ……ユ……よくも……我を……〟


 心臓を引き裂くような声が響き渡ると、観客はパニックになって走り出した。

『みな様落ち着いてください! これは魔法による演出ですっ、走らないでください!』

 アナウンス嬢の振り絞るような叫び声が、余計に観客を焦らせてしまった。

「これはいかんな、みなが一斉に動くとケガではすまんぞ」

「ミユさーんっ! 逃げてーーっ!」


「さあマクラギさんっ、どうするのですっ!」

「発射!」

 ミユの合図で、はるか上空に小さな光が生まれた。

「スクートマ、スクートマ、スクートマ……」

 すかさずミユは防御の呪文を何度も唱えると、シールドで闘技場を覆った。


 〝ミ……ユ……〟


「マクラギさん、それで夜影の神を闘技場から追い出したつもりですか?」

「スクートマ、スクートマ……」

 光のシールドはさらに厚みを増して広がり続け、ついには街を覆った。


〝よくも……我を……FNPEPJFRUG……〟


 夜影の神は呪いの言葉を吐きながら、闘技場の上に降り立った。そしてその瞬間、全ては光に包まれた。


 〝ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ!!!!!!!〟

 〝……ミ……〟


 逃げ惑っていた観客たちはあまりの眩しさに足を止めた。


「な、何ですかっ……これは……」

 テナテナリは空を見上げると、動けなくなった。巨大な雷雲が世界を覆っているようだった。


「これが私の奥の手!」

「……空を……壊したのですか……」

 ミユが放った衛星発射による核ミサイルは、夜影の神を直撃し、闘技場の上に巨大なキノコ雲を生み出した。

「光の盾を何重にも張ったから、放射線は防げたと思うけど」

 事実、闘技場の中は眩しいだけで、頭上で起こった核爆発による熱と衝撃はほとんど弾かれたのであった。


「さーて、テナテナリのおばちゃん、どうする?」

 テナテナリは杖を短く縮めると、ローブの中に退けた。


『だっ、第一試合、勝者っ、マクラギ・ミユ!』

 〝カーンッ!〟

 アナウンス嬢はミユの勝利を宣言すると、宴舞台の鐘を一度打ち鳴らした。そして、第一試合のあまりの壮絶さに戦意を失った他の出場者たちは全員、ギルドの推薦を放棄してしまったのである。


『第325回魔闘会っ、優勝! マクラギ・ミユ!』

「ミユーっ! よくやったわーーーっ!!」

「ユさーーんっ! おめでとーーーっ!!」

「おいギリー、いくら儲けたんだっ」


 こうして〝月の女王〟と呼ばれた女子高生は、〝神殺しのミユ〟として恐れられるようになった。


~後日、夜の茶会にて~

「ちょっと待って! 〝神殺しのミユ〟って全然可愛くないんだけど! だいたいあの魔王って死なないんじゃなかったの?!」

「契約した私がいくら呼んでも出て来ませんからねえ、本当に消滅したか……良くて、どこか他の世界にでも逃げたのでしょう」

「情けないっ!」

「誰のせいですかっ、誰のっ!」


 〔第43話 二人の奥の手 終〕

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