第44話 水色の夢は輝いて

 全ての観客が見守る中、その聖櫃せいひつは四人の神官によって担がれ、闘技場に運ばれた。

 真実の壺の使用に不正はあってはならず、衆人環視の元で、魔闘会に優勝した者が一度だけ手を入れることが許されるのだ。もちろん、どのような宝物が取り出されるのか人々の興味が尽きることはなく、その熱い視線はクライン公爵の横に立つミユに注がれていた。


「ねえユリカさんっ、ミユさんは一体何を取り出す気なんですか?」

「それがね、あの子ったら『お楽しみーっ!』って何も教えてくれないのよっ」

「俺分かった! ミユだったら、真実の壺から真実の壺を取り出すんじゃないかっ? 自分専用の真実の壺だよっ、好きなだけ使えるぞ!」

 ブランが得意げにそう言うと、呆れたテナテナリが事実を告げた。

「残念ですが、その案はすでに数百年前に試されていまして、不可能なことが判明しています。おそらく真実の壺は永遠に存在するものですので、真実の壺から真実の壺を取り出すことはできないのでしょう」

「そうですよー、永遠に続くものは出せないんですねー、不思議ですねー」

「花守り姫様なら、あの壺の秘密がお分かりになるのではありませんか」

「そうだな……存在に始めと終わりが無いか、あるいは繋がっているのだろうな……本質的には夜影の神と変わらんで、アはあれに手を入れたくはないな」

「しかしお館様、大金貨で三百枚もの穴埋めをするには、ミユさんに期待するしか……」

「まあ、ミユの考えることは誰にも分からんで、待つとしよう」

「頼むわよーーミユっ! 私の人生がかかってるんだからねーーっっ!」


 クライン公爵が両手を広げて宣言をした。

「開櫃かいひつ!」

 すると、四人の神官が聖櫃の蓋を持ち上げ、地面に降ろした。

「おおおおおーーーっっっ」

 白く輝く小さな壺が姿を見せると、観客たちから漏れた畏怖いふの念がハーモニーの波になった。


「さあ、マクラギ・ミユ殿、お心は決まっておりますかな」

「うん、もちろんっ」

「では、強く望みを思いながら、御手をできるだけ奥まで、真実の壺に捧げてください」

 ミユは右腕の袖を捲まくり上げると、ゆっくりと壺に入れた。すると、小さな壺にはまるで底が無いようで、ミユの腕は肩まで深く飲み込まれた。


 はたして何が出てくるのか、全ての目にはミユが写り、闘技場からは物音が消えた。


 しばらくすると、ミユの手が何かをつかんだ。

「……よしっ! 出てこい!」

 静寂を破って引き抜かれたミユの手には、水色のバケツが握られていた。

 もちろんこの世界にプラスチックは存在しないのだが、誰が見ても単なるバケツであることは明らかだった。


「…………」

 闘技場は静まり返ったままだった。


 ミユは急ぐ気を抑えながら、足元の砂を手ですくいバケツに入れた。

「おおっ、これは!」

 バケツをのぞき込んだクライン公爵が声を上げた。

「やったーーーっっっ!!!」

 ミユが掲げるバケツの底が観客を照らした。バケツには輝く砂金が入っている。

「おおーーーーーーっっっ……」

 緊張の糸が切れたのか、観客たちは一斉にため息をついた。


 ミユは真実の壺から《入れた物を金に変えるバケツ》を取り出したのである。


「ミユーっ! よくやったわーーっっお姉ちゃん幸せーーーっっっ!!!」

「ミユさーん! おめでとーーーっっっ!!!」

「ミユーっ! 俺にも分けてくれーーーっっっ!!!」

 ミユはシャベルを召喚してバケツを砂金で一杯にした。しかし、あまりの重さに持ち上げられず、笑ってしまった。

「あっはははーーーっ!! 重い重いーーっ!! 金めっちゃ重いーーーっっ!!」

 それもそのはず、ミユが取り出した容量10リットルのバケツには、約200キログラムの砂金が入っているのだ。

「さすがにこれはちょっと重すぎーーーっっっ!」


 シャベルでバケツの砂金をすくい、半分捨てたところでミユの笑顔とシャベルが消えた。

「……マクラギ殿……まことに残念です……」

 クライン公爵の優しい声が、ミユの虚ろな心に突き刺さった。


 〔第44話 水色の夢は輝いて 終〕

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